コロナ危機からの回復にあたって過去の事例から学べることはないかと、米国の大恐慌時のフランクリン・ローズヴェルト大統領のニューディール政策を勉強しました。ニューディール政策といえばテネシー川流域開発が有名ですが、その他にも21世紀の今でも参考になりそうな政策がいくつもあることを知り、その先見性に驚きました。
フランクリン・ローズヴェルト大統領は、黒人差別解消に十分努力しなかったこと等、批判されている面も多々あります。しかし、時代のニーズをくみ取り、実行した偉大な大統領だと思います。こんな大統領のいる国と戦争をしても勝てません。
まず失業対策としての「市民保全部隊(Civilian Conservation Corps : CCC)」は興味深いプログラムです。公共事業によって雇用を創出し、失業者を救済するという点では、テネシー川流域開発と同じ発想です。
このCCCが革新的だったのは、森林管理、国立公園の整備、土壌保全、治水(防災)等の事業を実施したところです。その成果はいまでも米国の国立公園に残っています。1933年という早い段階で環境保全に力を入れた先見性は立派です。
CCCは、若年失業者に職を与えることで「精神的・道徳的な安定」を与えることが目的とされました。社会に貢献する仕事を通して生活の安定を図る点がすばらしいと思います。CCCでは27万5千人の若者(17歳~28歳)が全国の1300カ所に6か月から2年の任期で派遣され、これらの事業に従事し、インフラ整備にあたりました。
CCCで派遣された人たちのおかげで地域経済は潤い、治安も良くなり、受け入れた地域で高く評価されたそうです。1942年まで続いてのべ300万人の若者が参加したそうです。米国の自然保護地区や史跡が整備されているのはCCCのおかげだそうです。
日本でも20~40歳代の失業者に雇用を創出し、手に職をつけてもらうためにこういった事業が必要ではないかと思います。就職氷河期世代の40歳代の非正規雇用の人たちを民間企業がいきなり正社員に採用するのはハードルが高いかもしれませんが、途中のワンステップとして「日本版CCC」で2~3年働きながら技能や働き方を身につけ、より良い仕事にステップアップしていく一助になるかもしれません。
もし「日本版CCC」ができれば、管理の行き届いていない私有林や国有林の整備を支援したり、冬は豪雪地帯の一人暮らしのお年寄りのお宅の雪かきを手伝ったり、災害時の支援活動に派遣したり、国立公園を整備したりと、いろんな役割が考えられます。「公的な有償ボランティア」と位置づけ、社会の役に立つ雇用を創出する事業には意義があると思います。
もうひとつ興味深いのが芸術への支援です。ドイツ政府は、文化や芸術は生きていく上でもっとも重要なものと見なし、コロナ危機にあたって芸術家に手厚い支援を行いました。日本でもドイツの芸術家支援はニュースになりました。
しかし、フランクリン・ローズヴェルト大統領のニューディール政策は、今から80年以上も前に芸術への支援を行っており、その先進性に驚きます。以下、佐藤千登勢教授の「フランクリン・ローズヴェルト」から引用します。
大恐慌によって多くの人が仕事を失ったり、収入が激減したことから、絵画を鑑賞したり音楽を聴く余裕がなくなり、芸術家の多くは創作の道を閉ざされてしまった。ローズヴェルトは、そうした才能ある芸術家を救済する必要があると考えて、美術、音楽、演劇、文芸などを支援するための特別プログラムを設立した。
連邦美術計画には、1万人近くの画家や彫刻家が参加し、絵画、壁画、彫像など20万点にのぼる作品が制作された。それらは、市役所や学校、病院、郵便局などの公共施設に展示され、一般の人々に芸術を身近なものにした。子ども向けの絵画教室も全米各地で開催され、画家が講師として派遣された。
連邦美術計画には、のちに米国を代表する画家も数多く参加し、米国独自の美術を発展させる一助になったそうです。連邦美術計画のようなプログラムはよいと思います。実際に美術品が多数制作され、一般市民が美術に接する機会が増えることになり、単なる減収分の所得補償以上の価値があると思います。
連邦音楽計画もあり、クラッシックやジャズ、カントリー・ミュージックなど、さまざまなジャンルの音楽家を支援し、数千回にのぼるコンサートや音楽祭を全米各地で行ったり、子どものための音楽教室を開催したりしました。コロナ禍の日本で同じことはできませんが、コロナ収束後は音楽家を支援するためにコンサートや音楽教室への公的な助成はできると思います。
さらに連邦演劇計画や連邦作家計画もあり、舞台芸術や作家の支援も行いました。いずれの芸術支援計画でも黒人の文化や芸術の支援が含まれ、差別されてきた黒人の文化や芸術の振興に役立ちました。
コロナ危機による失業や所得減への対応として、ニューディール政策であるCCCや芸術支援は十分参考になると思いました。
*参考文献:佐藤千登勢 2021年 『フランクリン・ローズヴェルト』 中公新書