昨日(3月20日)朝日新聞朝刊の特集「耕論」のテーマは「新型コロナ『緊急事態』なのか」でした。そのなかで3人の識者がインタビューに答えていました。おもしろい特集だったので、一部引用しつつコメントさせていただきます。
まずは畏友の吉田徹教授(北海道大学、比較政治学)のインタビューから;
新型コロナウイルスの感染拡大で各国が非常事態宣言を含めた「強い」政策を打ち出しています。危機に対応するには、リベラルで多元的な政治より、権威主義的で強権的な政治の方が有効なのか。各国の対応を比較するとそうではないと言えます。
おもしろいのは、危機対応に強いのは、「リベラルで多元的な政治」なのか、それとも「権威主義的で強権的な政治」なのか、という問題設定です。そして、結論は「リベラルで多元的な政治」の方が危機対応に強いという点です。
吉田さんは「様々な情報が自由に発信され、個人の判断で対策がとれる。政府も説明責任を負わされる」点が重要と指摘します。そして「透明性と情報公開が確保される」国の方が相対的に混乱していないと言います。
第二次世界大戦中のドイツと英国の軍需生産を見ても、専制的な国家統制を行ったドイツよりも、情報公開や民主的統制をある程度維持した英国の方が、より効率的でした。専制政治が効率的というのは、経済発展のレベルが低い時期だけです(ソ連の初期など)。(*注:個人のプライバシーや人権を無視する中国がAIで先行していますが、長い目で見れば限界がくると思っています。)
同時に危機の際には緊急事態宣言も必要として次のように言います。
日本でも新型コロナに関して緊急事態宣言が出せる改正法が成立しましたが、この法整備は社会にとってプラスだと考えます。市民生活を大きく左右する決定を首相の「要請」で場当たり的に行えば社会不安が広がるだけ。法的根拠と透明性は欠かせません。
現状は、安倍総理が思いつきのように唐突に記者会見して急に学校一斉休校が決まったりしています。こういう対応が続くことは本来望ましくありません。法的根拠や透明性を担保できる特措法の方が望ましいということだと思います。
社会不安の広がりを最小化するために、吉田さんは市民の自覚も求められると訴えます。
政治は、社会不安の広がりを最小限にして日常生活を取り戻す政策に力を注ぐ。市民社会の側も、主体的で理性的な判断が求められます。ウイルスによる死亡率は、世代や健康状態などで大きく異なる。リスクを過度に恐れることも、過度に無視するのも別のリスクを生み出してしまいますし、政治の恣意的な介入を呼び込みかねません。社会不安に歯止めをかけるためには、「市民」としての判断も求められるのです。
次に元内閣法制局長官(通産省出身)の山本庸幸さんのインタビューもバランスがとれていて参考になりました。
安倍晋三首相は2月27日、全国の学校を臨時休校するよう要請しました。患者が出ていないか、まだ少ない県もあった。そう考えると、全国一律の休校は少しやり過ぎのように感じました。休校は一定数の患者が確認できた地域に限定してもよかった。(中略)
イベント業や飲食業に携わる人、フリーランスの人たちのために、もっと大胆に予算措置をする。これらも早くやるべきでした。国民から見てすぐにやってほしい対策が、残念ながら後手に回っています。(中略)」
元官僚としては政府対応に歯がゆい思いをしているのかもしれません。
もっと衆知を集めた方がいいのに、みんなが官邸の顔色をうかがうイエスマンになり、センスある動きをする官僚が少なくなっています。政治がふだんから気の利く動きができる人を大切にしていれば、先回りして対策を打ち出せる人材がいたはずです。公文書や記録をしっかり残し、後の検証に堪えうるようにするのが公務員の仕事。霞が関は本来の仕事をしてほしい。
官僚OBとしては、今の官僚は官邸の顔色をうかがうばかりで、国民の方を見て仕事をしていない状況が許せないのでしょう。霞が関の現役官僚のなかにも安倍総理の政権運営に批判的な人が多いのでしょう。また、先日国会で成立した特措法改正案について山本氏は次のように言います。
新型インフルエンザ等対策特別措置法は、私が内閣法制局長官だった2012年に成立しました。武力攻撃事態法や災害対策基本法を参照して立案された法律なので、私権制限への懸念も出ていますが、心配には及びません。この法律でできるのは要請や指示であって、国の強制措置はできず、従わなくても罰則があるのは一部だからです。
私権制限の行きすぎのないように国会やメディアの監視が重要ですが、あわせて一定の歯止めがかかっていることも重要です。
この法律のポイントは、政府や、各都道府県知事の役割分担にあります。特措法での国の責務は、地方自治体の対策を支援することです。今回は、すでに北海道や和歌山県の知事が前面に立って状況を説明し、地域の実情に合う対策を立て、それが機能しています。地方首長が当事者意識を持ち、競い合うように行動できている。国は、そういった地方自治体のバックアックに徹すればいいのではないでしょうか。
中央省庁(通産省)出身の山本氏がここまで地方自治体の役割を強調されているのが興味深い点です。
国からの要請は『人が集まるところは控えて』程度にとどめておいた方がいい。経済が死んでしまわないように、しっかり仕事をすることも大切です。
と山本氏は締めくくります。権力の行使に抑制的なのが、山本氏の元国家公務員としての矜持、「吏道」的なバランス感覚を感じます。
権力者は権力でなければならないし、権力行使には抑制的であらねばならないと思います。吉田さんのいうように、「リベラルで多元的な政治」の方が「権威主義的で強権的な政治」よりも柔軟かつ効果的に危機に対応できることを忘れず、危機に際しても「リベラルで多元的な政治」を守り続けましょう。