世の中には「野党議員は役に立たない」と思っている人も多いかもしれませんが、工夫と努力によっては具体的にお役に立てることもあります。今国会中、市民の要望を受けて、それを実現できた案件がいくつかありました。
その一例をご紹介させていただきます。先週6月21日西日本新聞(朝刊)の1面に「DV加害者 戸籍閲覧 “制限” ネットで住所特定リスク回避」という記事が出ました。なお、私の名前も記事の文中に出てきます。
ドメスティックバイオレンス(DV)の被害者の住所の特定に戸籍謄本が使われることがあります。戸籍法では、血のつながった子どもの戸籍謄本は理由を示さなくても請求できます。例えば、DV加害者の父親は、被害者の子どもの戸籍情報を簡単に取得できます。DV被害者の母子が、DV加害者の父親から逃げて生活しているケースなどでは、現住所を特定されるのは危険です。命に関わります。
そこで福岡市は、DV被害者の不安を解消するために運用を変更し、DV被害者から申し出のあった場合には、窓口で戸籍の閲覧を制限できるようにしました。
福岡市の運用変更の背景には、法務省が3月末に各地方法務局に出した通知メールがあります。法務省のメールには「戸籍から住所を探索されかねないとの訴えがDV被害者からあれば、自治体は戸籍交付を拒否できる」という趣旨が書かれています。
DV加害者による戸籍閲覧の問題は、昨年3月に西日本新聞の「DV 知られる恐怖 子の戸籍閲覧、加害者も可能」という記事がきっかけで世間に注目されるようになりました。DV被害者に取材して、地味ながら切実な問題に目を向けた西日本新聞の記者は立派です。このところ西日本新聞の調査報道はいろんな成果をあげています(例えば、毎月勤労統計調査の問題も最初に報道したのは西日本新聞でした。)。
*ご参考:西日本新聞2018年3月4日「『怖くて結婚できない』DV加害者に情報、制度の“盲点” 子の戸籍謄本の閲覧可能 SNS普及で高まる危険性」
その件でDV被害者グループから面談の申し入れがあり、その記事のコピーをいただき、お話をうかがいました。さらに法務省の担当者を呼んで、問題の詳しい経緯や現行制度の説明を受けました。
法務省の担当者も前向きで、関連の過去の通達等の資料を用意してくれて、「DV被害者の方が、市役所の窓口に行って『法務省の〇〇年の通達のここの部分が該当するはず』と言えば、何とかなるかもしれません」といった具体的なアドバイスをくれました。
その上でもういちどDV被害者の当事者のご意見を聴いて、「法務省がどんな対応をとれば問題が解決するか」を具体的に考え、国会の「質問主意書」という制度を使って、政府の対応を問いただすことにしました。
質問主意書は「国政一般について内閣に対し事実の説明を求め、又は所見をただす」ことが可能であり、衆議院議員が衆議院議長に提出し、議長が認めた場合は内閣に転送されます。内閣は質問主意書を受け取って7日以内に答弁する義務があり、答弁書には閣議決定が必要なのでそれなりに重みがあります。
DV被害者の皆さんの意見を踏まえた文書を、「質問主意書」にふさわしい文体に翻訳します。ふつうの文章を質問主意書の文章に直すのは、「翻訳」といった方がよいくらい難しく、私も得意ではありません。そこで衆議院事務局の職員に手伝ってもらいます。体裁を整えてもらい、質問主意書を今年2月に提出しました。
それを受けて内閣から「加害者に交付しないでほしいとの被害者の申し出は、請求を拒むか否かを判断するに当たって考慮される事情の一つになり得る」という趣旨の答弁書が届きました。この答弁書は公開されるので、内閣の公式見解として通用します。内閣の答弁書が一定の配慮を示してくれたことは、大きな一歩です。
その結果、法務省は質問主意書への答弁の趣旨を踏まえ、3月29日付で地方法務局宛に通知メールを送ったそうです。福岡市役所の担当者が地方法務局に問い合わせてそのメールの内容を確認し、戸籍閲覧の制限に関する新たな運用につながったそうです。全国でも初めての運用だと思います。
福岡市の対応のおかげで、DV被害者の方は、戸籍情報をもとに加害者が住所を特定する心配をしなくてもよくなりました。この方(匿名)がインターネット上のサイトに書かれた文章を抜粋させていただきます。
戸籍謄本を見られたら住所地は推測されてしまう・・・という不安が心のどこかでずっと消えませんでした。手続が完了し、自分で信じられないくらいホッとして体の力が抜ける感じがしました。
日々の恐怖感が少し薄れたようなので、多少はお役に立てたとうれしく思います。もちろん私ひとりの功績ではなく、当事者として声をあげた人たち、福岡市役所の戸籍担当者の誠意ある対応、地味な問題をとりあげた西日本新聞記者の取材、法務省の担当者の真摯な対応等が積み重なって変化を生みました。
いま読んでいる行政学の本によると、近年の欧米の行政学界の流行は「ネットワークマネジメント論」だそうです。政策実施における政府と社会的アクターの相互作用が重要で、ネットワークの役割が大きいという考え方です。今回の事例でいえば、ネットワークのハブ(中心)になったのは、当事者のDV被害者グループでした。
私は法務省(本省)の担当者とやり取りしましたが、福岡市役所の担当者や西日本新聞の記者とは会っていません。法務省の担当者は西日本新聞の記者と会ったことはないはずですが、記事を読んでいて事情を把握しています。西日本新聞の記者は私と会っていませんが、記事にはちゃんと私の名前を書いて報道してくれました。すべての関係者が直接顔をあわせたことはありません。関係者のネットワークの真ん中にいるのは当事者のDV被害者グループです。彼女たちがあきらめずに声をあげて行動したことが、法務省や福岡市役所を動かし、運用変更につながりました。そういう意味では主役は当事者でした。
そして福岡市役所、地方法務局、法務省、西日本新聞、衆議院議員(=私)、衆議院事務局等、さまざまな公的機関の関係者の「DV被害者の人たちが不安な思いをしなくてもすむようにしたい」という思いが結集した結果だと思います。行政機関の各所に「世の中を少しでも良くしたい」とか「だれかの役に立ちたい」と思って働いている公務員がたくさんいます。あきらめずに声をあげることは大切だとあらためて教えられました。