「くじ引き民主主義」と「多数派診断法」

いまの選挙制度と民主主義はどこか機能不全を起こしているように思います。自分が選挙に落選したから負け惜しみで言っていると思われる恐れもありますが、同じ思いの方も多いでしょう。

最近の地方選挙でも、地域のために一生懸命働き地道に議会報告を行っていた優秀な議員が落選し、どうしようもない議員が当選するのを見てしまいました。民主主義の機能不全を実感する機会は他にもたくさんあります。権威主義的なポピュリズム政治が蔓延する中東欧やトルコなどを見てもそうです。

チャーチル首相の有名な言葉を持ち出すまでもなく、民主主義は完璧な政治制度ではありませんが、それよりマシな政治制度は存在しません。専制政治やポピュリズム政治が正解だとは思いたくもありません。

民主主義をより良いものにするため、あるいは、単に民主主義を維持するためにも、不断の努力が必要です。そういった観点では、政治学者の吉田徹教授(同志社大学)の近著の「くじ引き民主主義」(光文社新書)は興味深かったです。

だれでも「くじ引きで代表を選んでいいのか?」と素朴な疑問を持つと思います(私もです)。しかし、古代のアテネ民主政や中世イタリア都市国家では「くじ引き」で代表者や統治者を選んできました。「くじ引き民主主義」は、民主主義の歴史の初期から存在しました。

権力の独占を防ぐには「くじ引き」は有効です。何といっても「くじ引き」は公平公正です。いまの日本の国政のように世襲議員が跳梁跋扈する現状が公正とも思えません。間違いなく「くじ引き民主主義」だと世襲はゼロです。

裁判員制度も「くじ引き」です。「裁判員がくじ引きで選ばれるのはケシカラン」という意見はいまでは少数派だと思います。「くじ引き」で独裁者を選ぶのは問題ですが、「くじ引き」で複数の市民の代表者を選んでその人たちの間の話し合いで結論を出していくのは、民主主義の一種として正統性を持ちます。

もちろん「くじ引き民主主義」は万能ではありません。高度な専門性が要求される政治判断であったり、機密情報に基づく外交安全保障上の決定などについては、専門家である行政官や大臣などに任せた方がよいでしょう。

生活に密着したテーマや原子力発電や気候変動のように将来の世代も含めて多くの市民にとって関係のあるテーマだと、「くじ引き」で多くの市民を選び、十分に情報を提供した上で熟議で決めるのは有効だと思います。

現在の「代表制民主主義」に欠点があるように、「くじ引き民主主義」にも欠点はあります。政策テーマによる向き不向きもあります。吉田教授は、現在の「代表制民主主義」を補完するかたちで「くじ引き民主主義」を取り入れていくことを提案し、その目的と役割を次のようにまとめます。

1.代表制民主主義の枠内では扱えない/扱うのに相応しくない課題を対象にできること
2.共同体に関する決定をくじ引きで選ばれた市民の熟議によって下すこと
3.市民1人1人が、資格や能力に関係なく、権力に与かるようにできること
4.対立や摩擦を、くじ引きという偶然の要素を取り入れることによって緩和すること

私も吉田教授の意見に賛成です。特に地方自治では「くじ引き民主主義」は有効だし、取り入れやすいと思います。「くじ引き民主主義」の長所と短所をよく理解した上で、議会の「代表制民主主義」を補完していけば、より良い参加型の政治が実現できると思います。

もうひとつご紹介する政治のイノベーションは、「多数派診断法」です。私も2022年2月13日付朝日新聞(朝刊)のヨーロッパ総局長国末憲人氏の「日曜に想う」の「『脱・1人1票』で守る民主主義」というコラムを読んで初めて知りました。

フランスの大統領選では候補者の乱立を防ぐために「予備選」が行われますが、左派の統一候補を決める予備選で「多数派診断法」が用いられ、40万人が投票に参加したそうです。

この「多数派診断法」は候補者全員を有権者が6段階でランク付けして、集計して中央値を比較するそうです。6段階とは「非常によい」「よい」「まずまず」「容認」「不十分」「失格」だそうです。もともとはワインを格付けする制度をヒントに開発されたそうです(フランスらしいですね)。

この制度の長所は「この人だけは当選させたくない」という思いを反映することができて、極端な主張をする候補者を排除しやすい点あります。要するに極右や極左の候補者を排除できるのがメリットです。

アメリカ政治では共和党と民主党の予備選で左右の極端な候補者が有利になってしまい、共和党のティーパーティー系候補者と、民主党の左翼的な候補者が増えたという苦い経験があります。その結果としてアメリカ社会の分断は加速しました。アメリカの予備選こそ「多数派診断法」を導入すべきという気がします。

さすがに選挙本番で「多数派診断法」を採用するのは難しいでしょう。しかし、たとえば野党の統一候補を選ぶときに「予備選」方式を導入し、そこで「多数派診断法」を採用するのは一考だと思います。

どうしても「野党共闘」というと、極端に左側の人たちが大きな影響力をもってしまいます。しかし、本気で政権交代を実現するためには、中道層の支持が不可欠です。中道層も含めた「中道+リベラル+左派」野党統一候補を作っていくためには、この「多数派診断法」は有効かもしれません。

むかし読んだ本に「政治をあきらめい理由」(ジェリー・ストーカー著)というのがありましたが、いま「政治をあきらめ」てはいけません。私も落選はしましたが、政治をあきらめたわけではありません。

政治は政治家だけのものではありません。「くじ引き民主主義」も含め、なるべく多くの市民が政治に関わっていくことが大切です。政治にイノベーションを起こし、より多くの人が政治に参画し、より良い政治でより良い社会をつくるため、あきらめずにがんばりたいと思います。