菅政権のコロナ対応が後手後手だったり迷走気味だったりするのは、指揮命令系統の問題も一因だと思います。コロナ問題を扱うテレビ番組を見ていると、いろんな大臣が代わる代わる出てきて、がんばっている雰囲気を醸し出しています。田村憲久厚生労働大臣、加藤勝信官房長官、河野太郎ワクチン担当大臣、西村康稔コロナ担当大臣の4人がよくテレビに出ています。4人の大臣に加えて菅総理もマイクロマネジメントに口出しする癖があるので、指揮命令系統が混乱しているのではないかと思います。「船頭多くして船山に上る」状況が容易に想像できます。
私が直観的に思っていたことを専門家が的確に指摘しています。前WHO(世界保健機関)の健康危機管理官で医師の阿部圭史氏は著書「感染症の国家戦略」で次のように述べます。
日本政府のCOVID-19に対する事態対処行動では、本来は戦略レベル以下で分担されるべき機能が、大戦略レベルの役割を果たさねばならない閣僚レベルで分割されてしまっていることを見て取ることができる。
具体的には、日本政府における感染症危機管理を担当する国務大臣は、感染症法及び検疫法を所管して主に医療措置や渡航措置の一部(検疫)を担当する厚生労働大臣、新型インフルエンザ等特別措置法を所管して主に公衆衛生措置を担当する内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室を率いる大臣、医療措置の一部であるCOVID-19ワクチン接種を担当する大臣の3人が存在している。同じ内閣の一員である国務大臣に優劣はない。したがって、3人の国務大臣に跨る事態対処行動を指揮統制できるのは、内閣総理大臣のみである。一方、内閣総理大臣は多岐にわたる国政事項の全てに責任を負っており、COVID-19の事態対処行動のみに時間を割けるわけではない。
このように大戦略レベルと戦略レベルが混合された統治構造は、日本政府としての一体的な事態対処行動が阻害されてしまう恐れがある。例えば、かつての大日本帝国において、軍事組織が陸軍と海軍という二つの異なる組織に完全に分離しており、その両者に対して指揮統制を行使する人間が天皇しかおらず、政府としての一体的な軍事行動が阻害された事態が思い起こされる。
背景知識としてご説明すると「戦略」や「戦術」といった用語は、対象とするレベルごとに4つに分かれます。レベルの高い順に並べると次の通りです。
大戦略(政治)レベル > 戦略レベル > 作戦レベル > 戦術レベル
感染症危機管理の文脈では、大戦略レベルは総理や閣僚が決定すべき領域です。戦略レベルは名目上は閣僚が決定すべき領域ですが、実質的には各省庁の幹部(事務次官や局長、審議官)が決定することが多い領域です。作戦レベルは都道府県・市町村の地方自治体が決定する領域です。戦術レベルは医療機関や保健所といった最前線の現場を意味します。
阿部氏の指摘を私なりに解釈して翻訳すると、本来は大臣や事務次官がやるべき仕事を総理大臣がやり、本来は局長がやるべき仕事を3人の大臣がやっている。
そこで「じゃあいったい誰が総理大臣がやるべき仕事をしているのか?」が問題になります。おそらく総理大臣がやるべきことを誰もやっていなかったのが、菅政権の最大の問題だったということでしょう。
【つづく】
*参考文献:阿部圭史 2021年 『感染症の国家戦略』 東洋経済新報社