なぜ政治は重要か?【ノガレス、南北朝鮮、中国と香港】

日本では若い世代の投票率が低く、若者の政治参加が低調です。アメリカで民主党のサンダース大統領候補の躍進の背景に若者の強い支持がありました。世界の気候変動問題のオピニオンリーダーは15歳(当時)のグレタさんでした。香港の民主化運動の中心が若い世代です。世界を見渡すと若者が政治に興味がないとは限りません。

問題は日本の若者が政治の重要性に気づいていないことだと思います。そこで高校生や大学生の前で話す機会があると「なぜ政治は重要なのか?」について話すよう心がけています。そのときに政治家が国内の事例を引いて「政治は重要です」とストレートに言っても我田引水で説得力がないと思います。

ふだん政治に関心のない若者に「なぜ政治は重要なのか?」というテーマを話す時は、少し距離をとって日本以外の国の政治、それも広義の政治について説明しています。あえて外国の極端な例を示しています。

近年の社会科学(経済学、教育学など)の発展のかなりの部分は、「ランダム化比較実験(RCT)」の成果によります。これは、何らかの介入をしたグループ(介入群)と、その比較のためのグループ(対象群)を観察し、介入の成果を検証するものです。介入群と対象群は、同質で無作為に選ばれる必要があります。

実際の社会でランダム化比較実験を行うことは難しいのですが、偶然にもランダム化比較実験と似たような条件になることがあります。出典は覚えていないのですが(おそらくニーアル・ファーガソン「劣化国家」だったと思います)、アメリカとメキシコの国境の街のノガレスの例が有名です。

ノガレス(アメリカ側はアリゾナ州)は、もともと1つの街だったのが、1853年の国境画定で2つの国に分かれました。もとは1つのコミュニティでしたが、同じ文化と同じ言語のコミュニティが、一方はアメリカ領、他方はメキシコ領に分断されました。

今ではアメリカ領のノガレスの住民の平均所得は約3万ドル、メキシコ領のノガレスの住民の平均所得は約1万ドルと大きく差がついています。両者の違いは、政治(制度)により生じました。法の支配が確立され、汚職や不正が少なく、効率的な行政を有するアメリカ領のノガレスは、メキシコ領のノガレスよりも3倍の豊かさを誇ります。

アメリカ領のノガレスの住民に比べて、メキシコ領のノガレスの住民が、怠惰なわけでも、無能なわけでもありません。単に政治体制の違いだけです。制度の違いが、経済発展の違いに現れています。「〇〇民族は優秀だ」とか、「△△人は勤勉で手先が器用だ」とかいう国民性や民族性よりも、政治制度の方がより重要な決定要因であることがわかります。

これまでの様々な研究(人類学等)により、人種や民族の間に知的能力の優劣はないことが明らかになっています。異なる社会間の格差を生むのは、人種や民族の先天的能力の差ではなく、政治制度や文化的背景、社会構造、地理的条件です。

ノガレスの例でいえば、人種はもちろんのこと、文化的背景や社会構造、地理的条件まで同じです。ただ、違うのは政治です。アメリカとメキシコという国に分かれて、政治(制度)が異なる状況に置かれてきたため、その後の経済発展や社会状況に大きな差がつきました。

同じような例はいくつも挙げられます。南北朝鮮の分断もそうです。北朝鮮と韓国はもとは同じ国でした。言語も文化も歴史も同じ民族が、第二次大戦後に北はソ連、南はアメリカに占領され、政治体制(制度)が異なる2つの国になりました。結果は言うまでもありません。北は貧しく自由のない軍事独裁国家。南は豊かな民主主義国家。

東西ドイツも南北朝鮮と同じでした。差をつくったのは政治体制です。東ドイツには優秀な大学もあり、教育水準は高く、国民は勤勉でした。しかし、西ドイツの経済発展にはかないませんでした。西ドイツの国民と東ドイツの国民の能力差ほとんどないでしょう。メルケル首相のような優秀な人材が東ドイツにはいたわけですが、それでも東ドイツは発展しませんでした。

最近の例では、同じ中国人でも、共産中国で生まれ育った中国人と、台湾や香港で生まれ育った中国人では、価値観も異なることがわかります。コロナ危機にあたって、中国本土では強権的なやり方で感染拡大を封じ込めたのに対し、台湾では情報公開しつつテクノロジーを活用して経済活動や市民生活をさほど犠牲にせずに感染拡大防止に成功しました。台湾や香港の例を見ると、「中国人には民主主義は向いていない」という見方は誤りだと思います。

日本人にしても、21世紀の日本人と戦前の日本人では、同じ日本人かと思うくらい価値観が異なると思います。もちろん変わらない部分、変えてはいけない部分もあるでしょうが、人権意識や女性の権利、子どもの権利といった点では戦前よりだいぶ良くなっていると思います。これも政治制度の違いだと思います。

政治に無関心でいると、いつの間にか政治(制度)が悪い方向に向かいかねないのが現在の国際社会です。トルコやハンガリー、イタリアやトランプ時代のアメリカを見ていると、油断していると民主主義は劣化することがよくわかります。

自由で民主的な社会は所与のものではなく、守り維持していくために不断の努力が必要です。自由や民主主義を失った後になって、政治の重要性に気づくのでは困ります。そのためにも義務教育段階におけるシチズンシップ教育や主権者教育が大切なのだと思います。