英国労働党 スターマー党首から学ぶこと

英国の労働党は2019年末の総選挙で歴史的惨敗を喫し、コービン前党首が退任しました。2020年4月にキア・スターマー氏(57歳)が新党首に選ばれ、労働党の再生に向けて動き出しました。

スターマー党首は「建設的な野党」を掲げ、年齢、学歴、地域によって分断された英国社会を再びつなぎ直す有権者連合の形成をめざしています。伝統的な労働者階級に加えて、サービス産業で働く低中所得層の「新しい労働者階級」にアピールする政策を掲げています。

コービン前党首が政策的に左に寄り過ぎていたのに対し、スターマー党首は「穏健左派(soft left)」を中心に党内融和を図ります。「穏健左派」とは、市場主義に親和的なブレア派(党内右派)よりも左で、急進的社会主義のコービン派よりも右という立ち位置です。労働党内の中間派、中道路線といえるかもしれません。

スターマー党首は、労働党内で人気の普遍的ベーシック・インカム(UBI)に消極的である一方、ユニヴァーサル・サービス(US)を重視する姿勢です。ユニヴァーサル・サービスとは、すべての市民がニーズに応じて平等にアクセスできる公共サービスを保障することです。国民保健サービス(NHS)、教育、保育、成人のソーシャルケア、住宅などが含まれます。

ここで言う「ユニヴァーサル・サービス」は、井手英策教授(慶応大)が提唱し、枝野代表がときどき言及する「ベーシック・サービス」とほぼ同義です。「ベーシック・サービス」の中心は、医療、介護、教育、保育などのサービスです。したがって、労働党のスターマー党首と、わが党の枝野代表のめざしている方法性は近いようです。

スターマー党首は、ベーシック・インカムを導入するよりも、既存の社会保障制度の見直しを優先しています。そこで興味深いのは「事前的分配」に重点を置こうとしている点です。実を言うと、私も「事前的分配」という言葉を今回初めて知りました。英国政治の専門家の今井貴子教授(成蹊大)の文章からそのまま引用します。

(スターマー党首は)公共事業による需要喚起や事後的な現金給付による所得補償よりも、再分配前の当初所得の格差是正に向けた積極的介入と規制に重きをおいていることがうかがえる。

おそらくスターマーがもっとも重視する政策は、ユニヴァーサル・サービス(US)である。USとは、全ての市民がニーズに応じて平等にアクセスできる公共サービスを保障することであり、コービン労働党の2019年マニフェストの柱の一つであった。スターマーがもっぱら強調するのは国民保健サービス(NHS)、教育の立て直しであるが、USの提唱者であるNew Economics Foundationのアンナ・コートらによれば、運輸交通、ICT、保育、成人のソーシャルケア、住宅も含まれる。これら公共サービス投資を通じて雇用創出と社会的賃金の拡充が目指されるわけである。

US構想は、労働者の権利の強化による労働市場の公平化、そして資力調査をともなわない無条件の最低賃金保障によって補完されている。

これら一連の政策方針は、再分配前の市場における経済力や市場から受ける恩恵の大きさの不平等の是正を目的とした、「当初(事前的)分配」と呼ばれる仕組みに連なる。

私にとっては初見の「当初(事前的)分配」は、英語では「Pre-distribution」と呼ぶようで、「あとから所得を再分配するのではなく、事前に所得をより平等にしておこう」という政策のようです(?)。

あまり自信はありませんが、たとえば最低賃金を引き上げて、より平等な所得分配をめざすといった政策も「当初(事前的)分配」に含まれるのかもしれません(?)。また、労働市場に出る前の子どもの教育(保育含む)への公的支出を増やすことも、「事前的分配」に含めてよいのかもしれません。

いずれにしても「当初(事前的)分配」政策は、わが党の選挙公約に取り入れるべきだと思います。これからしっかり勉強したいと思います。

それから保守党と労働党の政策的な対立軸として重要なのは、規制に対する考え方です。保守党は伝統的に規制緩和を重視します。他方、スターマー党首の労働党は、規制強化を重視します。

これまでの新自由主義全盛期に環境、労働、税制などの規制が緩和されてきましたが、その流れを逆転させる時期に来ていると思います。気候変動問題をはじめとして環境規制強化が必要であることは論を待ちません。

労働者の権利が保護されなくなった結果として、非正規雇用が増え、不安定な雇用や低賃金の雇用が増えました。過労死やハラスメントを防ぐためにも労働者を守る規制は強化すべきです。またギグワーカーや「雇用類似の働き方」が増えるなかで、新しいタイプの労働者を守る規制が未整備です。そういった配慮をすることが、支持増拡大につながると思います。

英国労働党が再生に向けて議論しているテーマは興味深く、立憲民主党にとっても参考になる政策が多いようです。「新しい労働者階級」へのアピールも立憲民主党の課題です。さらに英国労働党の研究を進めなくてはいけないと思う今日この頃です。

*参考文献:

今井貴子 2020年「イギリス労働党の再出発:その険しい道のり」『生活経済政策』2020年8月号(283号)

今井貴子 2020年「スターマー労働党の展望」『生活経済政策』2020年12月号(287号)