フランス人経済学者のトマ・ピケティ教授は、「21世紀の資本」という恐ろしく分厚くて、かつ、世界的ベストセラーの本の著者として有名ですが、インタビューでの答えはストレートでわかりやすく感心しました。
ピケティ氏の新刊は「資本とイデオロギー」だそうです。まだ日本語訳は出ていませんが、「格差が生まれる仕組み」について徹底分析した1232ページの大著だそうです。新著は、歴史をふり返りながら「格差を正当化するイデオロギーがどのように変遷してきたか」を扱うそうです。
ピケティ氏は次のように言います。
格差を作るのは政治です。経済やテクノロジーが『自然』に格差を作りだすわけではありません。
多くの人が「グローバリゼーションや技術革新が格差を拡大した」と言いますが、ピケティ氏はそういった主張を否定します。「格差を作るのは政治です」という主張に私も同感です。
ピケティ氏は「支配的イデオロギーは見かけより脆い」と言います。現代の支配的イデオロギーは新自由主義です。それも「見かけより脆い」とすれば、政治を変えることで「支配的イデオロギー」を変えることができるわけで、少し希望が湧いてきます。
私たちは過去の時代の格差について不公正で専制的だと思い込みがちです。一方、現代の格差については、能力主義の結果であり、活力の源泉であり、閉鎖的なところがないと思い込みがちです。私自身はそういう見解を一言たりとも信じません。
ピケティ氏の見解に私も賛成です。現代社会の多くの勝ち組の人たちは「自分の力で成功した」と思い込んでいて、そういう人たちが「自己責任」と「自助」を強調し、冷たい社会をつくってきたと思います。
しかし、勝ち組の成功者も、もしフィリピンのスラム街やアフガニスタンの難民キャンプで生まれ育っていたら、それほど豊かな暮らしをしていたかわかりません。一流大学を卒業して一流企業に就職できたのも、自分の能力だけではなく、恵まれた家庭に生まれ塾に通って中高一貫の名門校に通ったおかげというパターンが圧倒的に多いわけです。
少なくとも飢餓や貧困、紛争や犯罪に囲まれて育ったわけではないことが成功の一因でしょう。栄養不良の子どもが学校の勉強に集中できるわけはなく、児童労働に従事する子どもが大学に通える可能性はゼロに近く、「生まれ」による格差はきわめて大きいです。
ピケティ氏は、フランスのマクロン大統領が「連帯富裕税」を廃止したことを激しく批判します。ピケティ氏は次のように言います。
いったい誰が『世の中にはビリオネアがいたほうが公共の利益になる』と主張できるでしょうか。しばしば言われていることとは反対に、ビリオネアたちが裕福になれたのは、知識やインフラや研究施設といった公共財のおかげなのです。ビリオネアたちの出現が経済成長を押し上げたという話は、純然たる間違いです。国民1人当たりの所得の伸び率を見ると、米国では1950~90年には年2.2%だったのに、1990~2020年は年1.1%に落ちています。『ビリオネアが経済成長を後押しした』という言説は、下劣なフェイクニュースです。
学者としてはかなり思い切った表現です。この部分だけ読んでもわかりにくいのでちょっと補足説明すると、1950~90年頃の米国は所得税の累進性が高く、もっとも高かった時期の高額所得者の所得税は90%近くになりました。しかし、1980年代のレーガン政権の新自由主義革命以降は、富裕層の税金がどんどん安くなり、それと同じ期間に経済成長率は大幅に下がりました。
またピケティ氏は1990年代以降に経済成長率が半減したのは、教育への投資を怠ったせいだと指摘します。先進国では大学生の数が増えたのに、それに見合うだけの予算を用意しませんでした。日本も同様です。日本の方がフランスよりひどかったかもしれません。
そのほかにピケティ氏は「私有財産は神聖不可侵」という考えをやめるべきと言います。ドイツのように企業活動における労使共同意思決定を広げたり、富裕層の資産課税を強化したりで、「私有財産の社会化」をすすめるというユニークな主張をしています。
ピケティ氏の新刊「資本とイデオロギー」の日本語訳が出たら、読んでみたいと思っています。
*参考文献:クーリエ・ジャポン編「新しい世界:世界の賢人16人が語る未来」2021年、講談社現代新書