官僚バッシングは政府の劣化を招く

共同通信社7月24日付の報道によると、30歳未満の若手男性官僚の7人に1人が数年内に辞職する意向であることが内閣人事局の調査でわかったそうです。調査主体が内閣人事局だから、本音で答えていない人もいるかもしれません。実態は調査結果より深刻かもしれません。

若い国家公務員がすぐに退職してしまう、あるいは、若い人が国家公務員を志望しないというのは、大きな問題です。若い優秀な人材が国家の運営に関わる官僚を志願しないと、政策や行政サービスの質の低下につながります。最終的には政府(国家)の劣化を招きます。

個人的な利益ではなく、社会全体の利益に貢献しよういう若者が、志望する仕事といえば、基本的に(1)政府(中央政府、地方政府、政府機関)、または、(2)非営利組織(NPO、病院、学校法人等を含む)の二択になると思います(もちろん例外もあります)。

ざっくり言えば、社会の構成要素は、(1)市場セクター(営利セクター)、(2)政府セクター(公的セクター)、(3)非営利セクター、の3つに分けることができます。営利のために働きたい人が「市場セクター」に行き、公益のために働きたい人は「政府セクター」または「非営利セクター」に行くのがふつうだと思います。

もちろん最近ではSDGsを意識した企業経営や社会的責任投資なども流行っています。公益を意識した企業もたくさんあります。社会的起業家も出てきているし、フェアトレードのように市場セクターと非営利セクターの境目があいまいなビジネスも多いです。社会的責任を自覚したビジネスは素晴らしいと思います。

それでも公益の担い手として最大かつ最重要なのは、やはり政府です。政府の重要性はいまも変わりません。それどころかコロナ危機でさらに政府の重要性が増しています。

10年ほど前にNPO議員連盟で米国に出張したとき、ある大学で州別の非営利セクターのデータを見ました。政府による助成が盛んな州ほど非営利セクターの活動が活発でした。リベラルな州知事がいてリベラルな有権者が多い「大きな州政府」の方が、非営利セクターの活動が活発です。他方、保守派が強い「小さな州政府」では、非営利セクターは活発ではありません。

米国では「公的助成が多い州ほど、NPO活動が活発」という法則が見られました。日本でも本質的には変わらないと思います。非営利セクターの活動を活発にするためにも、政府(行政)の役割は重要です。

手元に資料がなくてうろ覚えの記憶で恐縮ですが、最近読んだフォーリン・アフェアーズだったと思いますが、フランシス・フクヤマ氏の投稿文を読みました。そこでGAFA(?)のCEOがコロナ対策に10億ドルの寄付を表明した直後(翌日?)に、トランプ大統領が2兆2000億ドル(その後さらに追加)のコロナ対策を打ち出した、と書いていました(たぶん?)。

寄付金10億ドルといえば、日本円で1000億円超です。個人の寄付としてはビックリするほどの大金です。しかし、フクヤマ氏の主張のポイントは、世界有数のお金持ちの善意の多額の寄付でも、米国政府の補正予算(2兆2千億ドル)と比べると微々たるものという点です。

企業の社会貢献活動や富裕層の寄付は、本気になった政府の力には及びません。より良い社会をつくろうとすれば、政府を正しい方向に導くことが非常に重要です。私はそう思って衆議院議員になりました。

バブル期に高校時代を送った団塊ジュニアの私は、日本国内が好景気で浮かれていた時期に多感な時期を送りました。1990年代前半に「困っている人や弱い立場の人のためになる仕事をしたい」と思ったら、私の場合は自然と国内よりも海外に目が向きました。

大学生の頃は、発展途上国の貧困、地球環境問題、紛争や難民に関心を持ち、国際援助の仕事に就きたいと思っていました。学生時代の私は、「お金儲けのために働くのは嫌だ」という感覚があり、企業に就職する気があまりありませんでした。

*注意:大人になった今では、企業は雇用を創出し、法人税を納め、財とサービスを提供し、社会にとって不可欠な存在だとをよく理解しております。今はアンチビジネスではありません。念のため、誤解のないよう申し添えます。

聖職者か共産主義者のように利潤追求を毛嫌いしていた当時の私にとって、就職先候補は(1)公務員、(2)政府機関(いまの独立行政法人)、(3)NPOの三択しかありませんでした。(*研究者は大学院卒以上なので、選択肢に入りません。)

もっとも直接的に国際援助の仕事に関われるのは、JICAかNPO(国際協力NGO)です。外務省をめざすという選択肢もあったかもしれませんが、法学をまったく勉強したことがなく、大学3年時に交換留学でフィリピンの大学に留学していたので、公務員試験の勉強をするのはムリでした。面接は得意でしたが、暗記ものの試験は苦手でした。

また、あるNGOの事務局長さんに「ぼくもNGOで働きたいんですけど、、、」と相談したら、「NGOは人手不足で即戦力しか採用しないよ。まず社会人として3年くらい働いて、仕事のやり方を覚えてから、もう一度来なさい」と言われました。結果的にJICAで4年働いたあとでNGOに転職したのですが、「新卒でNGOに就職」というオプションは早い時期に捨てざるを得ませんでした。

やりたい仕事という観点でも、消去法の観点でも、公務員試験を受けずに済む政府機関(JICA)を就職活動の第一志望にしました。もうひとつの政府機関のJETRO(日本貿易振興機構)も発展途上国の開発に関わることができるので第二志望にしました。この二つの政府機関で採用してもらえなかったら、大学院に進学するつもりでした。

さいわい採用してもらえて、JICAの仕事は充実していて勉強になったので、政府セクターで働けてよかったと思っています。辞めたあとでJICAの仕事の良さをさらに実感しているくらいです。

そういうわけで、社会のために働きたい、困っている人を助ける仕事がしたい、環境を守る仕事がしたい、災害を防ぐ仕事がしたい、そういう若者には中央省庁や政府機関をめざしてほしいと思います。優秀な人材が、外務省や国土交通省、厚生労働省などに就職し、良い政策を立案し実行してほしいと思います。

政府セクター内で政策の立案と実行に関わるのは、政治家(特に大臣などの政府に入った政治家)と官僚の二者です。政治家と官僚がきちんとしていれば、政府セクターは国民のいのちと暮らしを守ることができます。

しかし、河井前法務大臣夫妻が逮捕され、政治家不信が高まるなかで、若者に「政治家をめざしてほしい」と言う自信はありません。世界68か国の5万人を対象にした調査によると「政治家を信用する」と答えた人はわずか13%だそうです。実際に政治家としてつらい目に遭うことも多く、不安定な仕事なので、「政治家をめざしなさい」と若者にアドバイスする気にはなりません。JICAやNGOで働いていた頃に比べたら、今の方がつらいです。政治家になって身も心もボロボロになった人も見てきました。

他方、自分自身のJICAの経験に照らしても、政府セクターは魅力的な仕事だと思います。公益のためにフルタイムで働けるし、行政を動かせると大きな仕事ができます。本来は魅力的なはずの中央省庁の国家公務員が、魅力のない仕事になってしまっているのは残念です。

確かに官僚の一部には、政治家の指示で公文書を改ざんしたり、政治指導者に忖度して行政をねじ曲げる者もいます。しかし、そういう官僚を人事で優遇したり、そういう状況に追い込んだのは、政治の責任です。より罪が重いのは、官僚よりも政治家です。

実際にまじめな官僚もたくさんいます。まじめな官僚はふつう報道されません。報道されるのは不祥事を起こした官僚だけです。まっとうな官僚を評価する政治家やメディアがいれば、まっとうな官僚が気持ちよく仕事をしてくれると思います。

官僚をめざす多くの若者は、それなりに志があって中央省庁をめざしたのだと思います。天下りなども少なくなった現在、お金が欲しい優秀な若者は、官僚よりもコンサルティング会社や投資銀行などをめざすと思います。官僚のトップの事務次官になったところで、給料は大手企業の取締役などより低いです。おそらく金融庁の長官よりも、三菱UFJ銀行のヒラ取締役の方が給料は高いと思います。

お金のことだけを考えたら中央省庁のキャリア官僚は、それほど割に合わなくなっていると思います。「こういう政策をやりたい」という志がないとやれない仕事だと思います。過度な官僚バッシングはそろそろやめた方がいいと思います。

一部の不正な官僚を見て、官僚全体をバッシングするのは厳に慎み、がんばっている官僚をあたたかく見守ることも大切です。若い官僚がどんどん辞める状況は、日本の国益を損ないます。若くて優秀な人材を霞が関で確保できる環境を整えないといけないと思います。

*参考文献: ジェリー・ストーカー「政治をあきらめない理由」岩波書店 2013年