コロナ危機 ⇒官邸の管理危機 ⇒複合経済危機

昨日(4月17日)は国会と霞が関周辺で大きな動きがありました。ひとつは、減収世帯に30万円を支給する案を取り下げて、一律10万円を支給する方針への転換です。もうひとつは緊急事態宣言の全国への拡大です。

どちらも大きな方針転換です。大きなニュースが1日で2つも発表されました。前者のマスコミ報道を薄めるために、同じ日に後者の発表をぶつけてきたのではないかと邪推したくなるようなタイミングです。

一律10万円支給という案は、以前から立憲民主党が提案していたことです。わが党の案は10万円支給した上で、そこに課税する案です。低所得者はまるまる10万円が可処分所得になります。一方、高所得者は後日課税され、実質的な受取額は10万円よりだいぶ少なくなります。事後的に格差是正を行うことで、迅速に現金支給が実施できるのが長所です。

その後、自民党の二階幹事長が一律10万円と言い出し、さらに公明党も所得制限なしの一律10万円支給を提案しました。連立与党内からも政府案への批判が高まり、国会提出直前になって補正予算案を取り下げ、出し直すことになりました。

閣議決定済みの補正予算案が、国会提出直前になって撤回されるのは、前代未聞の異常事態です。予算書のつくり直しや印刷に数日かかるため、その他の手続きも含めて、補正予算の審議は1週間ほど遅れることになるでしょう。財務省はじめ関係省庁は、1世帯当たり30万円支給という案で手続きを進めスケジュールを決めてきたはずなので、すべての計画が狂っていると思います。

安倍政権の危機管理ならぬ「管理危機」状態が露呈しました。危機に際しては首相のリーダーシップが平時以上に求められますが、まったくリーダーシップを発揮していません。国民が求めているリーダー像は、星野源さんとコラボして自宅でくつろいでいる姿とはほど遠く、安倍総理の求心力は急速に低下しています。

安倍総理が「減収世帯に30万円支給」と決めたのに、部下の二階幹事長が公然と違うことを言うのは、党のガバナンスの面で問題があります。役職に就いていない若手議員が異論を唱えるといったレベルの話ではなく、党のナンバー2の幹事長が総裁と違うことを平気で言うのは異常事態です。他党のことなので余計なお世話かもしれませんが、政権与党のガバナンスの欠如は国民にとっては由々しき事態です。

今回の一律10万円への方針転換で大きな役割を果たしたのは公明党です。公明党の山口那津男代表は官邸で安倍総理に直談判し、連立離脱の可能性まで踏み込んで迫ったと報道されています。公明党が公然と官邸に反旗を翻し、官邸が折れたというのは珍しいケースだと思います。官邸主導と安倍一強に陰りが出てきたことが可視化されました。

数か月前から安倍総理と菅官房長官の不仲が報道されるようになってきましたが、今回のコロナ危機対応では菅長官はあまり関わっていない様子です。官房長官という役職は、タテ割りの省庁の垣根を超えた総合調整が役割です。西村康稔経済再生担当大臣が、新型コロナ担当大臣に指名されてコロナ対策の前面に立っています。しかし、政府内の総合調整は、本来は官房長官が担うべき役割です。官邸内の「菅はずし」が露骨に行われていることが見てとれます。

官邸内の指揮命令系統にも変化が表れて「官邸主導」も機能不全です。安倍一強と官邸主導の限界が露呈しました。危機管理にあたるべき官邸は、いまや「管理危機」状態です。

意外なことに、危機にあたって「強すぎる政権」を警戒していたら、逆に「弱すぎる政権」の弊害を目にすることになりました。私権を侵害しすぎる「強すぎる政権」は国民にとって危険ですが、緊急対応にあたって「弱すぎる政権」では国民の生命と社会の安定を守れません。中庸な政府、民主的統制と説明責任を果たしつつ、危機にあたって機能する政府をつくらなくてはなりません。

安倍総理の自民党総裁任期の終わりが見えてレームダック化は以前から進んでいました。幹部公務員と党内の人事権の効力が間もなく切れるとなれば、求心力が弱まるのは必然です。さらに内閣支持率が下がれば、求心力低下が加速します。

安倍政権は「危機管理に強い」というイメージを売ってきましたが、このところの判断ミスの連発で、そのイメージは地に落ちました。安倍政権の統治能力の限界です。よく「PDCAサイクル」という言葉を聞きますが、ふつうのPDCAはP=Plan(計画)、D=Do(実施)、C=Check(評価)、A=Action(改善)です。しかし、安倍政権の危機管理のPDCAサイクルは、P=Plan(計画)、D=Delay(遅れ)、C=Confuse(混乱)、A=Apologize(謝罪)という流れになりそうです(もっとも誤りを認めず、滅多に謝りませんが)。

コロナ自粛で飲食店、サービス業、製造業など幅広い業種が打撃を受け、経済と雇用への悪影響が深刻化しています。おそらく安倍政権は「コロナ危機で景気が悪化した」と説明するでしょうが、事実は異なると思います。今度の経済危機は、「複合経済危機」と言えるものだと思います。

昨年秋の消費税増税の頃からすでに景気後退は始まっていました。長期にわたる異次元金融緩和で歪んだ株式市場や不動産市場は危うい状態にありました。さらに前回の世界的な景気後退であるリーマン危機(2008年)から10年以上がたち、景気循環論の観点からもそろそろ世界経済が悪化してもおかしくないタイミングでした。したがって、今回の経済危機は、「コロナ危機」プラス「アベノミクス敗戦」プラス「世界経済の循環局面」という3つの「複合経済危機」だという認識が必要ではないかと思います。

いくつかの要因が重なった経済危機からの脱却には、いくつかの構造転換が必要になると思います。「ポストコロナ」かつ「ポストアベノミクス」の経済政策や経済の構造転換を今から考えておくことが必要だと思います。もちろん緊急対応も大切ですが、同時に中長期的な復興プランの検討も大切だと思います。

「いまは経済よりも人命が優先だ」という声が強いですが、経済を無視しては人命も救えません。アジア開発銀行のチーフエコノミストの澤田康幸氏の推計によると、日本で失業率が1%上昇すると男性の自殺者は約2,200人増えるそうです(週刊東洋経済2020年4月11日号)。どちらかではなく、どちらも大切です。どちらにも全力を尽くす必要があります。