安倍総理はことあるごとに「民主党政権の悪夢」と言い、政権担当能力が高いのは自民党だとアピールします。しかし、安倍政権、または、自民党の政権担当能力(≒政策立案能力)は本当に高いのでしょうか?
大雑把にいえば、株価はあがっても実質賃金はあがらず、最低賃金は先進国最低水準です。異次元の金融緩和はもう限界です。デフレ脱却も経済成長も達成できず、インフレターゲット論の有効性は否定されました。子どもの貧困の解消には熱心でなく、母子家庭の貧困率は高く、再分配機能が弱体化して格差が拡大しています。気候変動対策には後ろ向きです。「外交の安倍」というフレーズは、もはや皮肉かブラックジョークの域です。
安倍政権の政策立案能力の低さを見るため、“一応” 私の専門分野である教育政策をふり返ります(*注意:衆議院議員になって11年以上たちますが、文部科学委員会に配属されたことはなく、教育分野で活躍する機会があまりないので、「一応」と言わざるをえません。)。
つぶさに見ていけば、安倍政権の「教育再生」は、「教育改悪」以外の何ものでもないことは明らかです。たとえば、大学の英語入試への民間試験の導入です。2020年度から大学入試で民間業者の英語テストを導入する予定でしたが、大学や高校関係者、高校生等の反対が多く、最終的には導入が延期されました。
民間業者テスト導入を決めた審議会には、民間業者の関係者が「有識者」として呼ばれ、自分たちに都合の良い議論をしていました。有識者かもしれませんが、同時に「利害関係者」でもあり、公平中立な意見を聴けるとは思えません。
民間業者テスト導入の背景には、自民党の文教族の提言がありました。自民党の教育再生実行本部が「大学の英語入試にTOEFLを活用せよ」と提言し、それが文部科学省に影響を与えたのはまちがいありません。私の記憶では、TOEFL導入を主導した自民党文教族議員は、自分ではTOEFLを受験したことがない、と公言していました。おそらく真剣に英語を勉強したことがない人でしょう。
そもそもTOEFLというテストは、米国の大学を志望する留学予定者の英語力を測定するテストです。アカデミックな英語力を測るテストですが、かなりレベルが高いため、よほど難関校を受ける高校生でないと対応できません。
学習指導要領で高校卒業までに習う英単語数は3000ワードくらいです。しかし、TOEFLの問題を解くには最低でも5000ワードくらい必要といわれています。高校で習っていない英単語ばかり出てくるテストで、高校生の英語力を測るのは無茶苦茶です。よほど校外学習しないとTOEFLには対応できません。そんなことは有識者じゃなくても、常識的に考えておかしいと思います。
また、企業の入社テストや海外赴任の基準に使われるTOEICというテストがありますが、これは生活や仕事に役立つ実用英語が中心です。大学というアカデミックな場で学ぶ英語力を測定するテストとしては不適切です。
しかもTOEICの場合は、慣れると比較的かんたんに高得点がとれます。テスト慣れすれば、得点が急上昇するようなテストは大学入試向きではありません。テスト慣れのためには予備校や学習塾でひたすらテスト対策をすればよいのですが、それでは英語力を測るテストにはなりません。単に「テスト力」を測るテストになります。
民間業者テストは、複数回受けられるようにする予定でしたが、それも問題です。TOEFLでもTOEICでも、最近始まったTEAPと呼ばれるテストでも、何度も受験すれば、慣れてきて得点が上がります。お金さえ払えば何度でもテストを受けられるので、お金と時間をかければかけるほど高得点を狙えます。こういった民間業者テストは、決して安くありません。
また、テストを受けるチャンスの少ない地方在住の高校生が不利になる恐れもあります。裕福な家庭の子どもは何度でもテストを受けられるので有利になりますが、そうでない家庭の子どもは不利益をこうむります。所得格差と地域間格差を助長し、首都圏や大都市圏の比較的恵まれた家庭の子どもが有利になりま
大学入試センター試験の英語テストは、長年のノウハウの蓄積もあり、高校で学んだ内容をテストするには良いテストであったという評価が多いです。高校生が学校で学んだ内容をテストするのが当然だと思いますが、その点で大学入試センターの試験はすぐれています。
安倍政権の「教育再生」では、それなりに機能している制度を、より悪い制度に代替しているケースが多いです。ろくに英語を勉強したことのない自民党議員がいい加減な提言を出して、それをビジネスチャンスと捉えた教育産業が提言を具体化し、文部科学省も抵抗せず、実際に政策として採用されてしまうわけです。
もともと教育政策の分野は、自らの狭い経験に基づく個人的見解に左右されやすい政策領域です。ほぼすべての大人が小中学校で義務教育を受け、9割以上が高校を卒業し、5割近くが大学教育を受けています。長いこと教育を受けていて、自分の子どもの教育も経験していれば、教育についてはだれでも一家言あります。結果的に教育学者や現職教員の意見よりも、教育分野の専門外の人たちの意見が通りがちです。教育専門家というのは、あまり耳を貸してもらえない専門家です(そこが医師や科学者と異なる点です)。
安倍政権の教育改革に反映されている意見の大半は、教育の専門家ではない国会議員や財界人の一家言的な意見です。教育心理学者、教育社会学者、教育行政学者、現職教員などの意見より、政治家と財界人の意見が幅をきかせている審議会が多いです。あるいは、教育産業の利益追求的な提言が、自民党文教族議員を通じて政策に反映されている例もあります。
たとえば、財界が提言し、かつ、市民の要望も多いのが、小学校での外国語教育(実際には英語教育)の教科化でした。外国語教育の専門家の多くは、小学校で中途半端に英語を学んでも効果がないと言っていますが、そういった意見は反映されません。
また、これまで小学校教員には英語教育の専門性が求められなかったので、小学校教員で英語教育の経験がある人はほとんどいません。そこでいきなり英語教育を教科化しても、質の高い英語教育ができるとは思えません。中学生くらいになれば文法の説明も理解できるので、それくらいからで十分だと思います。
私などは外国語教育は高校からでもよいと思っています(少数意見なのは重々承知しておりますが)。不人気な政策なので、声高には主張していませんが、、、、、
*ご参考:2018年8月3日付ブログ「小学校の英語教科化は正しいのか?」
その他にも道徳の教科化、国立大学の交付金削減など、安倍政権の教育再生は問題だらけです。自民党文教族議員は、教育政策や教育学をきちんと勉強していないと思いますが、権力を握っているから教育政策を大きく変えてきました。
逆に私などは教育学の専門大学院で教育政策を専攻し、ずっと教育政策に関心を持ち続けているのに、地道な国会対策畑が長く、かつ、野党暮らしが長いので、実際の教育政策に影響を与える機会はほとんどありません。予算委員会に正式に配属されたことさえありません(代理出席で出たことがあるだけです)。残念・無念です。何としても政権交代を実現し、文部科学省に乗り込んで、教育政策を世界最高水準に引き上げたいものです。