大学で教えてよかったこと

昨年、北海道大学で夏季集中講義の非常勤講師を務めました。そのとき教えた学生のひとりからメールをもらいました。政府の奨学金をもらって海外の大学院に留学するという、近況報告でした。彼も北大の多くの先生方からいろんな講義を受けたことでしょうが、私のような非常勤講師のことを覚えていてくれて、わざわざ報告のメールをくれたことがとてもうれしく思いました。

自分なりに全力で授業に取り組んだものの、「果たして学生の役に立つ授業だっただろうか」「自分が教えたことが社会に出て役に立つだろうか」と心配になります。「学生にとって時間のムダではなかっただろうか」と不安になります。しかし、たとえ一人でも私の授業を評価してくれたことがわかり、気持ちが楽になりました。

学生時代に塾講師のバイトをしたり、大学の授業にゲストスピーカーとして招かれて講演したりしたことはあります。しかし、大学院生を相手に15回(1回=90分)の連続講義をやって、成績評価のための課題を出し、採点までしたのは初めての経験でした。予想以上に大変でした。

教えるには準備が必要です。15回×90分という長い時間にわたって講義するには、何十時間もの準備が必要です。むかし得た知識が古くなっていないかを確認し、新しいデータを頭にインプットし、最近のトレンドを学び直します。90分の1回の講義のために最低でも3~4時間の事前準備が必要です。講義メモをつくり、演習問題を考え、学生のレポートを読み、いろんなことに時間がかかります。大学で本格的に教えるのは、初めてなので余計に時間がかかったと思います。

教えるには、そうとう勉強しなくてはいけません。ましてや教える相手は北海道大学の大学院生ですから優秀です。さらに公共政策大学院という性格上、社会人の学生も多いです。自分より年上の学生もいれば、大学の学部からストレートで来た学生もいて、多様なバックグランドをもつ学生が集まり、実務経験や知識レベルもバラバラです。学生のなかには企業を定年退職した人もいれば、市役所の職員もいれば、弁護士さんもいました。自分で稼いだお金で勉強している社会人学生というのは、概して真剣に授業に臨みます。いい加減な授業をしたら、すぐバレます。社会人学生が多い授業というのは、教える方はとても緊張します。

公共政策大学院という性格上、アカデミックな研究者による講義と、公共政策にかかわる実務者の講義をバランスよく配分したカリキュラムになっています。大学が私に期待しているのは、アカデミックな知識の伝達ではありません。私に期待されている役割は、これまでの公共政策に関わる実務経験を学生にお話しし、公共政策に関わる仕事に就くときに役立つノウハウを伝えることです。

社会人として最初に就職したJICAは、途上国の政府機関と関わり、日本の中央省庁と関わり、外交政策とも関わります。NPOスタッフの頃は、国連機関や経団連、マスコミ、他のNPOと関わり、国際援助業界の仕組みやNPOの役割などを学びました。衆議院議員としては、国会の仕組み、国会と行政との関係、市民参加のあり方、外交政策、ODA政策などを学びました。政策形成の上流から政策実施の下流まで広く(薄く?)経験を積んできました。経験から学んだ実務のコツや失敗から学んだ教訓を学生たちに伝えようと努力しました。

学期が始まる前に15回分の講義レジメを用意しましたが、毎回講義が終わるたびに学生の反応を見ながら軌道修正し、内容を変更したり追加したりして、講義レジメを何度も書き直しました。講義が終わるたびに「○○の説明の仕方が悪かったかも。。。」とか、「△△のこともあわせて説明すればよかった。。。」とか、「演習課題の難易度が高すぎたかな。。。」とか、反省することばかりです。

あとで学生に聞いてみたら、グループ演習の作業量が多すぎたそうです。過酷な宿題で学生たちを困らせたことを反省しています。手加減の具合がわからずに情け容赦ない宿題を課しましたが、北大の学生はきちんと仕上げ、こちらの期待以上のプレゼンテーションをしてくれました。社会人学生が入ると、グループの活動にも緊張感があります。

公共政策を専攻する大学院生ですから、社会に出たら公益のために働く人が多いです。そういう人たちが実際に政策立案や政策実施にあたって役立つ知識を伝えたい、行政やNPOで働くことになったときに上手に仕事を進めるコツを教えたい、そんな思いで授業をしていました。実務的な知識が身に就くようにと、グループ演習ではプロジェクトの企画書の書き方を指導しました。自分がNPOスタッフになったと仮定して、行政に助成金の申請をするための企画の立て方を議論し、実際に企画書を書いてもらいました。

ある学生が「実践的な内容だったので、山内先生の授業は役に立ちました」と言ってくれました。ただし、試験の採点前だったのでお世辞の可能性もあります。そのコメントは割り引いて受け取る必要があります。

しかし、授業が終わって1年近くたってからメールをくれた元学生の言葉に嘘はないと思います。「教え子」からのあたたかいメールを読んで、大学で教えてよかったと心から思いました。授業の準備は大変でしたが、教える機会を得られて本当によかったです。

またチャンスがあれば、どこかの大学で非常勤講師をやりたいものです。二度目だから前回より効率的に教えられると思います。宿題の量も減らします。大学関係者の皆さん、どうですか?