新型コロナウイルス感染拡大を受けて実施された2020年春の学校一斉休校では、一部の地方自治体や学校でオンライン教育の導入が進みました。多喜弘文准教授(法政大学)と松岡亮二准教授(早稲田大学)が、内閣府の調査データに基づき、臨時休校中に生じたオンライン教育の格差について分析しています。
それによると、オンライン教育の実施状況に関し、住んでいる地域や家庭の収入による格差が生じたことが確認されました。出身家庭や居住地域といった「生まれ」は、本人にはどうすることもできません。「生まれ」による教育格差がオンライン教育においても観察されたことに注意しなくてはいけません。
私立や国立の小中学校の方が公立小中学校よりもオンライン教育の普及率が高いことも確認されましたが、それは容易に想像できます。それだけではなく、保護者の大卒割合が高い地域の公立学校の方が他の地域の公立学校よりも、オンライン教育を実施しやすい環境が整っていて、オンライン教育を実施できた割合が高いことも確認されました。
家庭の収入レベルと親の学歴には相関関係があります。高学歴の親ほど職場などでICTを利用する機会が多く、家庭内で子どものオンライン学習を手伝うときに有利になるでしょう。家庭にコンピュータやタブレット端末があるか否かもオンライン教育環境を左右しますが、それも家庭の収入レベルとの相関関係が高いはずです。ひとり親世帯の方が子どものオンライン学習をサポートするのは難しいでしょうし、貧困率の高い母子家庭では母親が2つも3つも非正規雇用のパートやアルバイトを掛けもちしている例が多く、家庭でオンライン教育を手伝う余裕などないでしょう。
オンライン教育は、従来型の教室で行う授業以上に、格差を拡大しやすいことが想像できます。オンライン教育の割合が高まれば、親のデジタル・デバイド(デジタル情報格差)が、子どものデジタル・デバイドを生むという、世代を超えた情報格差の再生産を招く可能性が高いです。その点も十分な配慮が必要です。
海外でも教育のICT化が低所得家庭に与える影響について研究が進んでいます。米国で出された「全員にとってのチャンス? テクノロジーと低所得家庭の学習」という報告書によると、二種類のデジタル格差があるそうです。ひとつはデジタルツールの利用機会の格差。もうひとつは親の関与の格差です。
米国の貧しい家庭の子どもにとっては、スマホが唯一のデジタル接続の道具であり、wifi環境でなければデータの利用にも制限があります。また、単にデジタル機器を子どもに渡すだけでは、子どもは遊びに使うだけで終わります。親の適切な関与がないと、デジタル機器の教育効果は高くありません。日本でも同じことが起きている可能性が高いです。
またフィラデルフィアの図書館で行われた研究では、恵まれない家庭の子どもに図書館の本やデジタルの利用機会を提供したところ、親の関与がなければ、デジタル機器を導入したグループの方がそうでないグループよりも読み書きテストの成績が悪かったそうです。デジタル機器を遊びに使っただけの子どもは特に成績が悪かったそうです。
コロナ禍の学校一斉休校によってオンライン教育や教育のICT化が一気に普及しそうな勢いですが、その制約や問題点を認識し、慎重かつ節度ある導入を心がける必要があります。無批判・無条件に「オンライン教育や教育のICT化は善」と見なす姿勢は問題だと思います。
OECDが2018年に実施した学習到達度調査(PISA)で、日本は学校の授業におけるデジタル機器の利用時間がもっとも短いという調査結果が出ました。それを見て「日本はデジタル機器の利用が先進国で最下位なのは問題だ」と主張する人がいます。しかし、その年のPISAで日本の子どもたちの学力が最下位だったわけではありません。日本よりもデジタル機器の利用時間が長い国の多くは、日本より平均的な学力が低かったわけです。デジタル機器もオンライン教育も万能薬ではありません。
オンライン教育は、やむを得ない事情がある場合や特別なニーズ(遠隔地の教育、障がいのある子どもの教育など)に合わせた場合に限って、慎重に導入していくことが大切だと思います。オンライン教育が効果的な場面があることは承知していますが、何となく流れに乗って一気呵成に導入するのは危険だと思います。
*参考文献:
多喜弘文 「ICT導入で格差拡大:日本の学校がアメリカ化する日」(中央公論新社「中央公論」2021年1月号)
メアリアン・ウルフ、2020年「デジタルで読む脳 × 紙の本で読む脳」インターシフト