9月入学論に見る知事のポピュリスト政治家化

新型コロナウイルス感染防止のための学校休業を受け、一時的に9月入学導入論が盛り上がりました。しかし、検討してみると現実的でないことがわかり、導入は見送られました。

この経緯をふり返ってみると、一時的な人気取りに走るポピュリスト政治家の特徴がよく表れていると思います。たとえば、こんな人たちがこんな発言をしました。

吉村洋文大阪府知事

「世界標準に合わせるべきだと思う。」

小池百合子東京都知事

「9月スタートは世界的にも多くの国々が行うグローバルスタンダード。留学を呼び込むにもプラスとなる。一種のパラダイムシフトで、大きく社会を変えるきっかけになる。」

有志17人の知事からなる「日本創生のための将来世代応援知事同盟」も9月入学の導入を政府に要請しました。4月下旬から5月第1週くらいまでのマスコミ報道を見ると9月入学論が優勢のように見えました。5月13日付の日本経済新聞には「9月入学 知事の6割賛成」という見出しの記事が載りました。

私は5月11日付ブログで「9月入学はグローバル化に役立つとは限らない」と主張しました。「9月入学がグローバル化に役立つ」という主張の根拠は薄く、制度改革の多大なコストの割に受益者も少数でメリットも少ないことを説明しました。
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学生時代にゼミの先輩が「トーマス・クーンの本を読んでない人は軽々しく『パラダイムシフト』という言葉を使う。勉強不足の人ほど軽々しく『パラダイムシフト』と言いたがる」と言ってました。小池知事の「パラダイムシフト」発言はまさしくそうで、おそらくトーマス・クーンの本を読んでないでしょう。4月入学を9月入学に変更したくらいで、科学革命に匹敵するようなパラダイムシフトが起きるわけがありません。理解していない言葉でもキャッチーだと思って使ったのでしょう。

それにしても東京、大阪はじめ全国の知事の見識のなさに驚かされます。深く考えずに、目先の流行を追いかけただけだと思います。教育現場の苦労や教育行政上の手続きの大変さ、制度変更に伴う行政コストに関する想像力と配慮が欠如しています。

軽々しく「9月入学は世界標準」という知事たちは、きちんとデータを見てないと思います。知事は教育政策の専門家とは限らないので、教育政策の専門知識がない点は責めません。

しかし、ゼネラリストの政治家である知事は、専門家や現場の声を十分に聴いた上で意見表明する義務があると思います。単に世論が盛り上がっているからと、軽いノリで9月入学論に乗っかるというのでは政治家失格だと思います。知事たちが教育関係者の意見を聴いた上で意見表明したのか疑問です。

固い信念をもって9月入学を推進したとすれば勉強不足だし、深く考えずにノリで賛成したのであれば政治家としての資質に欠けます。世界共通のポピュリスト政治家の特徴のひとつは、専門知の軽視であり、反知性主義です。マスコミの露出が多く、テレビでよく見る知事ほど、ポピュリスト政治家の特徴を備えているということかもしれません。

9月入学に関しては、日本教育学会が反対声明を出したのをはじめ、さまざまな専門団体や専門家が反対意見を表明しました。自民党や公明党の検討チームも議論の結果、9月入学の見送りを提言しました。党派を超えて非現実的だという点で一致しました。よかったと思います。

元文部科学省官僚の寺脇研氏は次のように言います(週刊朝日6月12日号より引用)。

だいたい、賛成しているのは、現場を知らない知事や政治家ばかりですよ。全国市長会と全国町村会では、いずれも「慎重・反対」が8割を占めた、と表明しているでしょう。結局、コロナで混乱する学校現場を知っている首長たちは、「そんなことやっている場合じゃない」とよくわかっているんですよ。

全国知事会より全国市長会や全国町村会の方が、現場のことをよくわかっていることが明らかになりました。より現場に近い政治家の方が、より的確に現状を把握しているということでしょうか。あるいは知事よりも市長や町村長の方が、マスコミ受けを狙った派手な言動をしないのかもしれません。

マスコミ受け、テレビ受けを狙う発信ばかりをして、専門知を軽視していては、行政トップ失格だと思います。軽々しく9月入学論をぶち上げた知事の皆さんには反省していただきたいし、有権者は自分の県の知事がどういう発言をしたのか覚えておいた方がよいと思います。