コロナ危機でGIGAスクール構想2,292億円

昨日、政府から新型コロナウイルス対策の補正予算案の説明を受けました。その中に「GIGAスクール構想」に2,292億円という予算項目がありました。補正予算で役所や族議員が悪乗りするのはいつものことです。これもそんな雰囲気を感じます。

実際に「学校休校で登校できない子どもたちのために情報端末を与えて勉強させよう」という説明は、理解しやすく説得力があります。うまく活用できれば効果的かもしれません。しかし、補正予算で情報端末の調達を始めても、学校再開に間に合うか大いに疑問です。しかも、この「GIGAスクール構想」そのものに危ういものを感じていた私は、ちょっと眉に唾を付けて補正予算を見てしまいます。

カナダ人ジャーナリストのナオミ・クラインの著書に「ショック・ドクトリン」という本があります。副題は「惨事便乗型資本主義」という過激なもので、ショック・ドクトリンとは「大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革」と定義されます。コロナ危機でも「ショック・ドクトリン」が発動されないか、権力者に対して警戒心を持つことが大切だと思います。

*ご参考:ナオミ・クライン、2011年「ショックドクトリン」岩波書店

元文部科学省事務次官の前川喜平氏もGIGAスクール構想に懐疑的です。前川氏は2020年5月号「世界」(岩波書店)に「教育政策と経済政策を区別せよ:GIGAスクール構想の行方をめぐって」という文章を投稿されています。

経済産業省が仕掛けて、経済財政諮問会議で安倍総理が主導し、学校の情報端末を一人一台という方向性を打ち出しました。教育政策としてではなく、経済政策(産業政策)として打ち出された点からして、かなりあやしげです。

詳しくは前川氏の文章をご参照いただきたいと思いますが、これまで教育現場で長年にわたって実践されてきたことを新語や造語で表現しているだけで、実はそれほど新しくもない提案も多く含まれているようです。単に情報端末を売り込みたい業界とはやりものに敏感な経産官僚が手を組んで予算獲得に奔走しているということでしょう。

これまで経済産業省主導で行われた教育改革には、株式会社立学校や学校選択制などがありますが、その成果は芳しくありません。最近では話題にもなりません。株式会社立学校は完全に失敗だったと思います。学校選択制は教育格差を拡大する結果に終わっているところが多いと思います。

私は大学院生時代に市場原理を導入する学校選択制(バウチャー制度)の諸外国の事例を研究して小論文を書いたことがあります。私の小論文の結論をひとことで要約すると「バウチャー制度は、量の拡大には役立つが、質の向上には必ずしも役立たない」というものでした。発展途上国では「学校の量」が不足しているので、バウチャー制度が役立つ可能性があります。しかし、日本では「学校の量」は不足していないので、日本ではバウチャー制度は無意味です。

公教育をむやみに市場化するのは誤りです。公教育の世界に市場原理を持ち込む動きは、おおむね失敗に終わっていると私は思います。新自由主義的な公教育改革は、多くの場合、公教育改悪に終わりました。しかし、GIGAスクール構想では「ブロックチェーン学習」といった新たな市場主義的手法も提唱されています。「教育と医療は市場原理になじまない」というのが私の実感です。

もちろん教育におけるICT活用を全否定はしません。ICTが教育現場で役に立つこともあります。遠隔地の教育や特別なニーズのある子どもの教育にも役立つことでしょう。20年近く前にインドのグジャラート州で大地震があった時に緊急援助チームの第一陣として現地に行ったことがありますが、その時に現地のパートナーNGOが成人女性のために動画を使った遠隔職業教育をやっていました。教育を受ける機会がなくて字が読めない非識字の女性にとっては、教科書は役に立たず、映像と音声で学べる遠隔教育は強力な武器でした。

ICTはうまく活用すれば便利な道具です。しかし、事前に現場の教員への十分な研修や説明など、受け入れ体制の整備も必要です。また、パソコンや端末を与えるだけではだめで、ソフトに関しては各学校や各自治体が自分で手当てしなくてはならなくなることでしょう。ソフトにかかるお金は国が手当てしてくれるか不明です。おそらく教育ソフトの予算は地方自治体の負担を増やすことになるでしょう。さらに情報端末の維持管理コストや更新費用も自治体負担になるでしょう。教育産業やIT企業にとっては大きなビジネスチャンスですが、地方自治体にとってはしんどい出費になることでしょう。むかしは公共事業でゼネコンにお金をばらまいた自民党政権は、今度はGIGAスクール構想でIT企業や教育産業にお金をばらまいています。

大学の英語入試の民間業者テスト導入も教育産業のニーズにあわせたものであり、高校生や大学のニーズにあわせたものとはいえませんでした。今回のGIGA構想も、教育現場から上がってきたニーズではなく、教育産業やIT産業から下りてきたニーズだと思います。安倍政権の教育再生では「教育利権」が肥大化しているといえるでしょう。

極論をいえば、教育活動は教員と黒板と紙と鉛筆と印刷機があれば成り立ちます。ICTがあればより効率的かもしれませんが、それにともなう各種のコストとそれによるメリットの大きさを考えて、それでも導入すべきか否かを判断する必要があります。一人一台の情報端末がなくても、昔ながらのドリルやノートで十分に成果をあげられるケースも多々あります。手を使って計算したり字を書いたりという学習法の有効性は少しも減じていません。ICTはあったら便利かもしれませんが、必須のアイテムではないと思います。

コロナ危機に乗じてIT企業にばらまく2,292億円があれば、私の試算では全国の公立小中学校の学校給食を半年間無償化できます。学校が再開したら半年間の学校給食を無償にした方がより有意義だと私は思います。子どもの貧困対策にもなり、子育て世代の経済的負担軽減にもなります。一見すると良さそうな「GIGAスクール構想」ですが、その背景も考えておく必要があると思います。教育効果、費用対効果、地方自治体の負担、教育現場の負担など、すべて勘案した上で「一人一台の情報端末」が望ましいのか、慎重に考えた方がよいと思います。