「交通まちづくり」というアプローチ

関西大学の宇都宮浄人教授が提唱する「交通まちづくり」というアプローチがおもしろいのでご紹介させていただきます。なお、宇都宮教授の著書は、だいぶ前に読んだ「鉄道復権」(新潮選書)も、ついさっき読み終わった「地域再生の戦略」(ちくま新書)もおもしろいです。

宇都宮教授によると、地方都市の衰退の一因は、(1)無計画な都市のスプロール化、(2)過度な自家用車依存、(3)公共交通の衰退、これら3つの悪循環です。

宇都宮教授は、この悪循環を断ち切るため、公共交通の再生からまちづくりを始めることを提案します。公共交通が充実すれば、高齢者や若者が自家用車に頼らずに移動できるようになります。高齢になって運転ができなくなった人にとって公共交通は命綱です。また、自家用車を買う余裕のない若者は、公共交通が不便だと家に引きこもらざるを得なくなります。

公共交通の充実は、中心市街地を活性化します。中心市街地の活性化は固定資産税の増収につながります。無計画な都市のスプロール化は行政コストの肥大化をまねきますが、公共交通の充実はスプロール化の歯止めになります。

交通まちづくりのためには鉄道の復権が欠かせません。公共交通を「社会的インフラ」だとするならば、鉄道の運行コストをすべて鉄道会社に負担させる必要はありません。たとえば、集中豪雨で道路が崩れたら、あたり前のように税金で道路を修復します。しかし、集中豪雨で鉄道が壊れると、鉄道事業者(たとえばJR九州)が修復費用を負担するのが原則です(実際には一部は補助金が出ます)。

そもそも道路と鉄道はどちらか公共性が高いでしょうか? 私はどちらも同じくらい公共性が高いと思います。運転免許を持っていない子どもや高校生、運転免許を返納したお年寄り、自家用車を持てない低所得層といった人たちは、鉄道がないと遠距離の移動ができません。それを考えれば、「道路よりも鉄道の方が公共性が高い」という議論も成り立ちます。

これまで赤字ローカル線が次々と廃止されてきました。運行コストを乗車賃でまかなおうとすれば、やむを得ないことです。しかし、鉄道の公共性を考えれば、運賃収入ですべてのコストをカバーする必要はないと思います。道路に多額の税金を投入しているのと同様に、鉄道に税金を投入するのは自然です。ヨーロッパの多くの国は、多額の補助金を投じて鉄道やLRTを整備しています。

ドイツやフランスでは小規模な都市でもLRTや鉄道を中心にした公共交通が維持されています。その前提は「上下分離」です。線路や施設などのインフラ部分の「下」は公的資金で整備し、実際の運行サービスの「上」を鉄道会社や公社が運営するというスタイルです。運賃収入で「上下」すべてのコストをカバーするという発想はありません。

むかしオーストリアのウィーンで国連機関の日本人職員(環境の専門家)に案内してもらって地下鉄に乗ったことがありますが、便利さと安さに感心しました。運賃は安いのですが、ウィーンの地下鉄は運賃収入で儲ける気はそもそもありません。地下鉄利用者が増えることにより、道路の渋滞が緩和される経済効果、二酸化炭素の排出を減らせる効果、市民や観光客の利便性の向上効果などを総合的に考え、地下鉄に公的な助成をしています。

日本の鉄道行政や公共交通政策は、あまりにも視野が狭いと思います。鉄道運行にあたっては、目先の金銭的な収支だけでなく、環境(気候変動)へのインパクト、道路の渋滞緩和のプラスの効果、鉄道沿線の地価上昇(それによる固定資産税の増収)のインパクトなど、多角的な視点から鉄道やバス、あるいは、自転車専用道路を計画すべきだと思います。

日本の地方再生の成功例として必ずあげられる富山市は、公共交通機関(富山ライトレール)が都市計画の中心にあります。ハコモノ中心のコンパクトシティ計画が失敗するなかで、富山市はハコモノよりも「交通まちづくり」を実践して成功したといえます。公共交通が利用しやすい街は、自動車に依存しなくてすむ街であり、歩きやすい街です。

歩く人が増えると健康増進効果もあり、医療費削減につながることが知られています。ある研究によると歩数の増加には一歩あたり0.061円の医療費削減効果があるそうです。たとえば、2万人の市民が一日あたり2千歩多く歩くようになれば、年間10億円の医療費抑制効果が期待できるそうです。かなり医療費抑制効果です。医療費の抑制以上によい点は、歩いて健康になることが幸福度を高めることです。

地方都市の再生を「交通まちづくり」からスタートするのは、良い取り組みだと思います。地方都市の市長や市議会議員の皆さん、市役所で都市計画に携わる皆さん、宇都宮教授の「地域再生の戦略」と「鉄道復権」をぜひお読みください。

*参考文献:
宇都宮浄人 2015年 『地域再生の戦略』 ちくま新書
宇都宮浄人 2012年 『鉄道復権』 新潮選書