経済学の常識に照らせば、円が安くなると、輸出が増えるはずです。アベノミクスの円安誘導は、輸出を増やす「はず」でした。
たとえば、日本の企業が、1ドル80円で1万ドルのモノを輸出すれば、80万円の収入です。ところが、1ドル120円で1万ドルのモノを輸出すれば、120万円の収入になります。同じモノを同じ値段(ドル建てで同じ価格)で売っても、収入は大幅に増えます。
たとえば、1万ドルで売っていたモノを8千ドルに値引きしても、1ドル120円なら96万円の収入になります。1ドル80円のときに比べると、値引きしても円建ての収入は大幅に増えます。円安になれば、輸出企業はもうかって当然です。
したがって、理論的には(経験的にも)、円が安くなれば、輸出が増えるのは当たり前のはずです。しかし、いまの日本経済の現実は、そうなっていません。これこそアベノミクスの誤算です。
JETROの貿易統計から一部を抜粋してみると;
出典: https://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/trade/
貿易額 輸出額(ドル建て) 輸出額(円建て) 期中平均(円/ドル)
2011年 8,208億ドル(+7.0%) 65.55兆円(-2.7%) 79.8円
2012年 8,013億ドル(-2.4%) 63.75兆円(-2.7%) 79.8円
2013年 7,192億ドル(-10.2%) 69.78兆円(+9.5%) 97.6円
2014年 6,943億ドル(-3.5%) 73.09兆円(+4.8%) 105.8円
2015年 6,252億ドル(-9.9%) 75.63兆円(+3.5%) 121.0円
ちなみに、安倍政権が誕生したのは2012年12月なので、2011年と2012年は民主党政権時代の政策の影響を受けますが、比較のために記しました。安倍政権の実績ということでいえば、2013年以降のデータを見る必要があります。
円安によって、円建ての売上高は上向き、企業収益は改善します。しかし、ドル建ての輸出額は減少しています。つまり数量ベースでみた実質輸出の水準は下がっているものと推測されます。つまり輸出額(円建て)は増えても、輸出量は減っている可能性が高いです。
製造業の海外移転がかなり進み、輸出を増やせない構造があるのかもしれません。経済学の教科書通りではない現象が起きています。「円が安くなっても、輸出が増えない」という現象はアベノミクスの誤算のひとつです。
今朝(3月18日)の西日本新聞によると、門司税関が発表した九州経済圏(九州、山口、沖縄)の輸出総額は5,660億円(前年同月比7.3%減)で7か月連続のマイナスだそうです。円安にもかかわらず、九州地区の輸出も不振のようです。
他方で、円安の負の影響は確実に出ています。円が安くなるということは、輸入品の値段が上がることを意味します。輸入に頼っている食料品や原材料は値上がりします。内需型産業(日本企業の7割以上だと思います)や家計にとっては、円安は物価高を招くため、マイナスの影響は大きいです。
パン屋さんにいっても、2~3年前と比べて菓子パンの値段があがったように感じます。スーパーで買う食料品も、何となく高くなった気がします。生活に必要なモノの値段は確実にあがっています。幸い世界の原油価格が安くなっており、物価高を抑制する効果が出ています。しかし、石油関係以外の輸入原材料は、円安で値上がりしています。
アベノミクスの円安誘導は、期待されていた輸出拡大の効果は低い一方で、懸念されていた輸入品の物価上昇だけは確実に引き起こしています。どんな政策にもメリットとデメリットがあり、そのバランスが大事です。円安策については、メリットは思ったより少ないわりに、デメリットは予想通りです。円安誘導も限界です。アベノミクスの限界が見えてきました。