景気判断の誤りとポストアベノミクス

今朝(8月10日)の西日本新聞の社説は「景気判断の誤り:政治のお手盛りは許されぬ」というタイトルでした。社説は次のように指摘します。

政府が触れ回っていた「戦後最長の景気拡大」は幻であり、事実に反することが明確になったと言える。

内閣府の有識者会議は、景気拡大局面から後退局面への転換点を表す「山」を2018年10月と認定しました。すでにアベノミクスの限界は2年近く前から明らかでした。

しかし、政府が毎月発表する月例経済報告は、今年2月まで「景気はゆるやかに回復している」という判断を続けていました。判断ミスも甚だしいです。

今年の経済成長率は大幅なマイナスが予測されています。しかし、コロナ危機の1年以上前から景気が後退していたわけです。「コロナのせいで景気が悪化した」のではなく、「コロナが景気悪化を加速した」ということです。

安倍政権下の景気拡大といっても、経済成長率はきわめて低く、生産性上昇率も低いです。他の先進国と比べても低い成長率だったので、あまり経済が成長したともいえません。世界経済全体が成長している時期だったので、そのおかげで日本経済もゆるやかに成長したという側面が大きいと思います。

アベノミクスの柱のひとつは異次元の金融緩和です。異次元の金融緩和には、需要の先食い効果があります。単に金融緩和と財政出動で問題を先送りしながら、景気拡大を演出していたという側面もあります。

さらに、内閣府が2016年にGDPの算出方法を変えました。そのおかげでGDPが3%くらい上方修正されました。これは統計上の操作であり、経済成長とは無関係です。この操作によるGDP3%増を外せば、安倍政権が喧伝する「景気拡大」の内実はさらに寂しいものになります。

次に、アベノミクスの柱のひとつは円安誘導でした。円安のおかげで輸出産業は大きな恩恵を受けました。経団連は自動車や鉄鋼等の輸出産業が中心メンバーであり、円安誘導は経済界が望む政策です。また、円安は外国人(インバウンド)観光客の増加につながり、観光業やホテル業等にはプラスの効果があります。

他方で、円安は、日本人(日本に住む人)の購買力を弱くする効果もあります。1ドルが80円の時と、1ドルが120円の時では、同じ1ドルのモノを輸入する時に必要な金額が大きく異なります。円が安くなれば、同じ金額でより少ないモノしか輸入できなくなります。輸入品が割高になります。

円安になると海外旅行に行っても余計にお金がかかります。日本人の若者が海外留学するにも、より多くのお金が必要になります。輸出業者にとって円安は有利ですが、消費者(生活者)の視点に立てば、円安は不利です。円安は物価高につながります。

製造業の輸出を増やすために通貨安へ誘導することを「近隣窮乏化政策」と呼ぶことがあります。しかし、通貨安(円安)は購買力の低下につながるので、ある意味で「自国民窮乏化政策」でもあります。生活者の視点に立てば、円高の方が望ましいです。

加えて、円安誘導のせいで、ドル建てで見た日本の経済力は弱くなりました。2012年の日本のGDPは5.96兆ドルでしたが、2019年は5.15兆ドルです。ドル建てで見ると、世界経済に占める日本の経済的プレゼンスは低下しています。

低い成長率と上述の諸々の要素を考えると、「アベノミクスの成果」と誇れる状況ではありません。「アベノミクスで暮らしが良くなった」という人はそれほど多くないと思います。アベノミクスは、一部の富裕層と輸出産業にはメリットがありますが、ふつうの市民はさほどメリットはなかったと思います。

若者のなかには「アベノミクスのおかげで就職活動が楽だった」と誤解している人もいますが、単に労働力人口が減っていているから失業率が下がっただけです。不思議なことに失業率が下がっても、実質賃金はあまり伸びずに、非正規雇用が増えました。労働政策にも問題があったと言わざるを得ません。

コロナ危機で景気後退の加速は避けられません。アベノミクスがうまく行かなかったので、「ポスト・アベノミクス」の経済政策を考えなくてはいけません。同時に目の前のコロナ危機に対応して「ポスト・コロナ」の政策も考えなくてはいけません。

ポスト・アベノミクス(兼)ポスト・コロナの経済政策は、異次元の金融緩和の後始末をしながら、失業者の積極的労働市場政策、最低賃金引き上げによる実質賃金の上昇、脱炭素社会に向けたグリーン・ニューディール政策等を軸に考えていく必要があります。アベノミクスは失敗だったという前提に立ち、それに代わる道を選ばなくてはいけません。