コロナ後:観光公害のない観光政策へ(中)

これまでの日本政府の観光政策は、ひたすらインバウンド観光客の人数を増やすことだけを目標にしてきました。観光客の人数つまり「量(クオンティティ)」だけを考えた観光政策でした。こういう観光を「クオンティティ・ツーリズム(量の観光)」と呼ぶそうです。

そしてコロナ危機でも政府はまったく懲りていません。菅官房長官は、今年6月にコロナ前の倍となる「2030年に訪日客を年6000万人」をめざすとの目標を示しました。コロナ危機や韓国人観光客の激減を経験した後でも、政府は「人数を増やす」ことに力を入れています。

あたかもコロナ危機がなかったかのようです。危ういです。やはり「Go To キャンペーン」を立案した同じ人たちが考える観光政策は危ういです。日本の観光政策がダメなことは、「Go To キャンペーン」で可視化されました。観光政策の大転換が必要です。

インバウンド観光客の人数(量)を重視してきた結果は、全国各地で見られる「観光公害」です。日本以上に観光公害が深刻なスペインのバルセロナでは、1992年バルセロナ・オリンピック後にインバウンド観光客誘致に力を入れ、年間3200万人の観光客が訪れるようになりました。

バルセロナでは観光客が増えすぎて「オーバーキャパシティ」状態です。道は混み、物価が高騰し、犯罪も増えて、市民生活に支障が出ています。民泊用不動産の投機が起き、賃貸アパートが民泊に転用されて家賃が高騰しました。その結果、家賃が払えなくなって家を追い出される住民もいます。地代の高騰により、地元に根差したパン屋、花屋、カフェ、レストラン等の経営が成り立たなくなりました。

同じ問題は京都でも起きているそうです。観光公害では、(1)地域コミュニティの受け入れ能力のオーバーキャパシティ、(2)自然環境の受け入れ能力のオーバーキャパシティ状態の2つに気をつける必要があります。

バルセロナ市でも観光公害を防ぐためにゾーニング規制を強化したり、民泊の規制を強化したりと取り組みを始めています。日本でも観光公害が深刻化する前に、適切な規制を導入する必要があります。街並みの景観を損なうホテル建設には規制も必要だし、市民生活に悪影響を与える行為は取り締まるべきです。

もちろん民泊が一概に悪いとは言いません。たとえば、農漁村で自然体験をしたり、地域の人と交流したり、古民家に長期滞在をして地産地消の食事を体験したり、エコツアーに参加したりといったケースでは、農家に民泊するのはよいことだと思います。

しかし、都市部の民泊では、近隣住民とのトラブルが発生したり、民泊が入ったマンションの不動産価値が下落したりという問題も起きています。民泊のオーナーが日本人ならお金が国内に落ちるのでまだよいのですが、外国人が所有する民泊ではお金が国内に落ちません。

中国人の投資家が所有する民泊などは、利用者も中国人ばかりになり、日本語がわからないのでゴミの出し方や生活習慣の違いでトラブルの原因になったりします。民泊が増えると、地域のホテルや旅館の経営に悪影響を与えるため、負の経済的インパクトもあります。

民泊は都市部ではなく、農漁村部でこそ推進すべきだと思います。地方で増えている古民家の空き家を活用した民泊などは積極的に推奨すべきです。他方、都市部のふつうのマンションでの民泊や民泊専門ワンルームマンションのような民泊は、地域コミュニティとの軋轢を起こしやすく、慎重な対応と適切な規制が求められます。全国一律の規制ではなく、それぞれの地域の実情にあった民泊の規制と推奨策が求められます。

また、これまでのインバウンド観光でよくあるパターンは、大型バスで団体して、短期間で多くの観光地やアウトレットを回るような団体パッケージ旅行です。この手の団体旅行は、大挙してやって来てすぐ帰るパターンが多く、観光公害の要因になりがちで、騒がしいわりに地元にお金が落ちません。

岐阜県の世界遺産の白川郷を大型バスで訪れる観光客の平均滞在時間は約40分だそうです。そんな短時間ではお金をあまり使いません。1人平均で数百円の消費しかしません。行政が大型駐車場や道路を整備しても、お金は地元に落ちません。大型バスの団体旅行という「クオンティティ・ツーリズム(量の観光)」では、地域はさほど活性化しません。

もう1つの「クオンティティ・ツーリズム(量の観光)」の典型はクルーズ船です。コロナ集団感染が起きた「ダイヤモンド・プリンセス」もクルーズ船でしたが、「三密」の典型のクルーズ船観光はしばらく回復しないでしょう。

そもそもコロナ危機の以前からクルーズ船観光には問題がありました。第1にクルーズ船観光は5000人、6000人といった大集団が一度に観光地に押し寄せます。一気にオーバーキャパシティ状態になり、観光地が混雑し、観光公害の原因になります。

第2にクルーズ船観光では、あまり地域にお金が落ちません。クルーズ船は、宿泊も食事も、エンターテインメントもショッピングも、船の中で自己完結します。上陸して観光するにしても、クルーズ船の運営会社の決めたお店や飲食店に乗客を誘導し、運営会社にお金が入るようになっています。

観光客が地元に落とすお金の最たるものが宿泊料です。クルーズ船だと船内に宿泊するので、ホテルや旅館にはお金が落ちません。ホテルや旅館に観光客が止まれば、スタッフの雇用につながります。朝食や夕食をホテルや旅館で食べれば、地域の食材も消費します。ホテル周辺の飲み屋さんに行くこともあるでしょう。そういう経済的な波及効果があまりないのが、クルーズ船観光です。

米国人ジャーナリストの調査によると、カリブ海のクルーズ船観光では、観光客が寄港地に落とすお金は1日あたり44ドルだそうです。わずか44ドルです。しかもクルーズ船ではその土地に通常は1日しか滞在しません。他方、一般の旅行者は、数日間滞在し、合計で653ドルを現地で消費するそうです。クルーズ船の観光客10人分以上の金額を1人の旅行者が落としてくれます。ほとんどお金を落とさないクルーズ船観光客も、一般の旅行者も、観光地の混雑を生み出す効果や自然環境への負荷は同じです。

イタリアのヴェネツィア市ではクルーズ船観光による観光公害が問題になりました。ヴェネツィア市当局が計算したところ、水道や光熱インフラをはじめ市がクルーズ船に提供する公共サービスのコストの方が、クルーズ船の寄港から得られるお金を上回っていたそうです。それ以後、ヴェネツィア市はクルーズ船の就航を厳しく制限しています。クルーズ船観光を推進してきた福岡市の収支計算はどうなんでしょうか?

*長くなったので、次回(下)に続く。

*参考文献:アレックス・カー、清野由美、2019年「観光亡国論」中公新書ラクレ