「選択と集中」による「切り捨て」

山下祐介准教授(首都大学東京)の「地方消滅の罠」は考えさせられる本でした。山下先生は「限界集落の真実」という本も書かれていて、その本がおもしろかったので、「地方消滅の罠」も読んでみることにしました。

*ご紹介する本:山下祐介、2014年「地方消滅の罠:『増田レポート』と人口減少社会の正体」ちくま新書

この「地方消滅の罠」は、いわゆる「増田レポート」への反論です。元岩手県知事であり、元総務大臣の増田寛也氏は、人口減少が進み「消滅可能性自治体」が多いと警鐘を鳴らします。消滅を防ぐためには、地方の中核都市を強化する「選択と集中」が必要だと「増田レポート」は主張します。

しかし、「選択と集中」という発想は、「選択」されなかった地域を切り捨てることです。「選択」という名の「切り捨て」を批判するのが山下氏です。

「増田レポート」は、東京一極集中をあらためるのと同時に、地方の中核都市への集中を促します。山下氏は地方の一部の都市への集中を促すことにも批判的です。

政治の世界では「安倍一強」といわれ、首相官邸への権力の集中が進んでいます。各省庁の権限も弱くなり、何でも官邸の方を向いて仕事をしなくてはいけない時代です。いまの安倍政権を理解するキーワードのひとつは「集権」だと思います。

表向き「地方創生」といっても、中央からお金をばらまく発想でやれば、地方分権に逆行し、中央「集権」を強化します。地方交付税などは一括交付金化して地方の創意工夫に任せればよいと思います。しかし、あいかわらず安倍政権は補助金や規制改革特区など中央集権的な発想で「地方創生」を進めています。

安倍政治は「日本全体をひとつの色にそめる」という発想が根底にあるように思います。道徳教育や愛国心教育を進めている背景には、思想的にひとつの色にそめようという全体主義的な志向があるように思えてなりません。「日本人はこういうものだ」とひとつの色にそめ、その枠組みから外れる人に冷たいのが「安倍的保守主義」だと思います。

あえて「安倍的保守主義」と呼ぶのは、本来の保守主義はもっと寛容だからです。急激な変化を嫌い、漸進的な改革を好むのが、保守主義の特徴であり、「革命」という言葉を乱発する政権は「保守的」ではありません。安倍政権の過激な政策をみていると、むしろ戦前の「革新官僚」を思わせます。「革新官僚」の親玉が、安倍総理のお祖父さんの岸信介でした。

いまの「安倍的保守主義」に染まった自民党右派議員は古い家父長的発想にとらわれ、LGBTのような少数派には冷たく、多様な生き方への理解がありません。「多様性を認める」という視点がないと、地方分権は成り立ちません。全国一律の政策を進める「集権」的な発想が、現政権には濃厚に感じられます。

また、この本で初めて知りましたが、歴史人口学では「都市蟻地獄説」という言葉があるそうです。都市は、仕事と収入はあるが、家族や地域のきずなは弱く、出生数が少なくなる傾向があります。都市は農村から若い労働力を引き寄せるけれど、人口を再生産できないケースが多々あります。常に農村部からの人口流入がないと、都市の人口を維持できないことが多いです。一般的に子育てに適した環境は、都市よりも農村であり、中央よりも地方です。

東京の出生率を見てもその点は明らかです。いま最も子どもが生まれないのは東京都です。東京は磁石のように地方から若者を引き寄せますが、出生率が低いので、常に外部からの新たな人口流入を必要とします。健全とはいえません。人口減少を食い止めるにも、農村・地方で仕事を創り出すことが大切です。

山下氏は「選択」をやめて「多様なものが多様なまま共生できる社会」を提唱します。私は次の文章にとても共感しました。

選択はやめて、多様なものが多様なまま、互いに存在を認め合って共生することを選ぶべきではないのか。そこには集中ではなく分散が、そして強い経済力ではなく、持続力やしなやかさが対置されることになろう。「選択と集中」とは要するに、そうした多様性を許さない思考法なのである。ここには何かの強迫が働いており、ある基準への画一的隷従を要請する。

安倍政治の「集権」思想というのは「選択と集中」に裏付けられています。企業経営においては「選択と集中」は必要かもしれませんが、政治や行政においては「選択と集中」は時に不適切です。「排除」や「切り捨て」を生むからです。

安倍政権の新自由主義的な発想では、常に市場原理や競争を賛美し、企業経営的な用語で政治や行政を語り、「選択と集中」につながります。効率性の原理だけでは、政治や行政は語れません。いまの「地方創生」は、効率性や競争原理だけで実行されているように思えてなりません。山下氏のいう「多様性の共生」は、安倍政治への対抗軸として有効だと思います。

その他に具体的な政策としておもしろかったのは、医療や福祉の分野でUターンやIターンを進めるという発想です。地方の農村部でUターンやIターンといえば、すぐに就農支援というパターンが多いように感じます。しかし、多くの過疎地の自治体において、医療と福祉が、最大の雇用主であるケースが多いです。農村地帯においても農林水産業よりも医療や介護の方が、より多くの人を雇っているという現実を踏まえれば、脱サラのサラリーマンに農業指導するよりも、都市部ですでに看護師や介護士として働いている人たちの農村への移住を推進する方が効率的です。農業を始めるには土地の所有や賃貸の問題もありますが、看護師や介護士の仕事であればそのような複雑な問題はありません。

立憲民主党の政策にも山下祐介氏の考えを取り入れていければよいと思っています。都市と農村の適切な関係、人口減少を食い止めるための一極集中是正、地方の活性化などを考える上で有益な本です。さらに都市住民の傲慢さを自省するためにも良い本です。私自身も都市部に住んでいて、都市住民の自己中心的な発想に毒されていたことを気づかされ、反省しています。考えさせる良書です。