最近出た野口悠紀雄氏の「異次元緩和の終焉」(日本経済新聞出版社、2017年)という本を読み、アベノミクスの1本柱である異次元金融緩和を怖いと思いました。
私自身も安倍政権誕生以前には、ある程度の金融緩和は必要だと思っていました。しかし、こういうカンフル剤のような政策は、始めるタイミングと出口のタイミングが難しく、効果もある一方で副作用もあります。ここまで金融緩和が行き過ぎると、大きなリスクであることを再確認しました。
金融緩和は一見すると財政支出がないので、世論の反対はあまりありません。一部の経済学者や一部の業界は反対しますが、金融緩和による円安で潤う輸出企業などは大賛成です。経団連の中核にいるような大企業は輸出企業が多いことから、経済界は一般的に金融緩和に賛成です。
また、増税や社会保障のカットに比べれば、金融緩和のデメリットは見えにくいため、国民の多くは金融緩和リスクに気づきません。むしろ金融緩和で株価があがれば、経済が成長しているような錯覚に陥ります。金融緩和では、一般会計の支出も増えないので、国民負担がないような錯覚におちいります。金融緩和は、反対する人が限られるため、政治的にはやり易く、政治的リスクの低い政策と言えます。
しかし、野口教授が語る金融緩和の弊害とリスクは怖いほどです。株価があがっている理由のかなりの部分は、金融緩和の一環で日本銀行が株を大量に購入していることで説明できます。経済の実態とあまり関係のない理由で株価があがっています。つまりバブル的な状況です。
金利も低水準にあり、実体経済に悪影響を与えています。不自然な水準に下がっている金利が上昇し始めると、国債の利払いは一気に増えます。国債の利払いだけで何十兆円という額になりかねません。防衛費の5兆円なんていうのが小さく見えるほどの巨額の金利負担に苦しむ可能性があります。
金融緩和が招く円安政策は、必ずしも国民の利益にはなりません。円安で潤う産業がある一方で、円安イコール購買力低下でもあるため、平均的な国民にとっては不利益も多いです。まず円安で輸入品の値段があがります。ガソリンや食料品などは円安で値上がりします。収入が変わらないとすれば、ガソリンや食料品の値上がりが暮らしを直撃します。さいわい石油価格が世界的に低いレベルだったことは安倍政権にとってはラッキーでしたが、ずっと石油が安い時期が続く保証はありません。
外国人観光客が増えたと素直によろこべないのは、円安で外国人から見た日本の物価が安くなり、旅行しやすくなったという理由が大きいからです。日本の魅力が再発見されたという理由だけではありません。裏を返せば、日本人が海外旅行や海外留学しにくくなったということです。「最近の若者は覇気がなく、海外留学しなくなった」という人がいますが、少子化で絶対数が減り、円安で留学が割高になったという要因も大きいです。
円安の結果として、ドル建てで見た一人当たり国民所得は先進国では下位になってしまいました。円高の方が、ふつうに暮らしている庶民にはお得なことが多いです。
円安で企業収益がアップしたとしても、企業の内部留保が増える一方で、実質賃金はほとんどあがりません。法人税減税の結果は、増え続ける企業の内部留保です。野口教授は、ほんとうは法人税を増税して、消費税を減税する方が、消費が活性化して日本経済にはプラスだと言います。
金融緩和の目標であったデフレ脱却には完全に失敗しています。アベノミクスの5年間でデフレ脱却に失敗したことは既に明らかです。さらに富裕層がより豊かになる一方で、低所得層が増えている事実も重要です。実質経済成長率が低いこともしばしば指摘されている通りです。
ある新聞記者の方から「霞が関の官僚の間では意外と立憲民主党への期待がありますよ。金融緩和の行き過ぎはまずいという雰囲気があります。」と言われました。霞が関に立憲民主党に期待する官僚がけっこういるなんて、まったく予想していなかったので驚きました(ほんとは驚いてはいけませんが)。
さまざまなデメリットがあるアベノミクスですが、その崩壊後を真剣に考えなくてはいけないと、野口氏の本を読んで実感しました。経済の失速というレベルではなく、経済の崩壊の可能性すら感じます。そのとき政治はどう対応すべきかを、立憲民主党としても考えておかなくてはならないと思います。
経済で大変動が起きて、国民生活が危うくなれば、安倍自民党政権も続かないでしょう。そのときにアベノミクスに代わる現実的で説得力のある政策パッケージを用意しておく必要があります。おそらく経済が悪化したときの緊急対策は厳しいものになるでしょう。お気楽なアベノミクスの後始末をやる政権は、国民に不人気な政策も含めて厳しい政策を採用せざるを得ないでしょう。
政治の動きは、過去の延長線上に進むとは限りません。社会や経済が激変する時には、ドラスティックに激変することもあります。米国のトランプ現象、英国のEU離脱国民投票、フランスのマクロン大統領誕生など、既成の政治秩序が一気に変化することが頻繁に起きています。
アベノミクス崩壊のあとに一気に政権交代の流れが起きても不思議ではないと思います。そのときに野党第一党の立憲民主党としてどんな政権構想を掲げることができるかが重要です。他の野党と協力して連立政権を目指すにしても、中核になるのは立憲民主党しかありません。民主党政権の失敗は、「政権交代」それ自身が自己目的化してしまい、政権を担う準備が不足のまま政権に就いたことが一因です。
私は大学院では「紛争後の教育システムの復興」というマニアックなテーマで修士論文を書きました。そのとき読んだ本(出典は忘れました)のなかで、第二次大戦中の英国政府の態度を知り、イギリス人のすごみを感じました。ドイツ軍がロンドンを空爆していて英軍が劣勢な時期から、英国政府はドイツ占領計画の検討を始め、ドイツ占領時の教育行政の仕組みまで考えていました。先の先まで見通す英国政府の姿勢は立派です。勝つ見込みもないのに真珠湾攻撃に突き進んだ日本とは大違いです。あの戦争はアングロサクソンに負けるべくして負けたのだと思いました。
さて、立憲民主党は野党第一党とはいえ、国会議員が50名ちょっとの小政党です。しかし、第二次世界大戦中の英国政府をみならって、「アベノミクス敗戦からの復興プラン」を立憲民主党が真剣に準備していく必要があると思います。そのための党内の議論を進めることを提案していきたいと思います。
*ご参考:2017年10月12日付ブログ「ポスト・アベノミクスを考える」