今朝(7月29日)の西日本新聞国際面の「中国外相、タリバンと会談」という記事は興味深く、さらにその隣の「米印、対中連携強化」という記事とあわせて読むとさらに興味深いです。ユーラシア大陸中央における米国と中国の「グレート・ゲーム」が活発化しています。
もともと「グレート・ゲーム(The Great Game)」とは、19世紀から20世紀初頭にかけて大英帝国とロシア帝国の中央アジアの覇権をめぐる抗争を意味します。しかし、21世紀の「グレート・ゲーム」は米国と中国を主要なプレーヤーとして、ロシアやインド、イラン、トルコも巻き込む争いになりそうです。
中国の王毅国務委員(兼)外相は、7月28日にアフガニスタンの反政府武装勢力タリバン幹部のバラダル師と天津で会談しました。日本人の感覚では「外務大臣と反政府武装勢力の幹部が堂々と会談する」というのは理解しがたいと思います。
私自身は若いころアフガニスタンで人道援助活動に従事していたので、アフガニスタンに親しみを感じています。しかし、おそらく多くの日本人にとってアフガニスタンは遠い国だと思います。他方、中国にとってアフガニスタンはとても近い国です。
中国とアフガニスタンは国境を接する隣国です。昔からシルクロードを通じて中国は中央アジアとつながっていました。中国の歴代王朝が中央アジアに進出したり、中央アジアから攻め込まれたりと、深い関係があります。歴史的に中国の安全保障上の脅威は、ユーラシア大陸の内部からやってくるケースが多かったといえます。した中国の為政者は歴史的に中央アジアを注視してきたのだと思います。
中国政府にとって新疆ウイグル自治区の独立運動などの動きは重要な内政問題です。ウイグル独立派がイスラム原理主義勢力の支援を受けて反抗するといった事態は、中国にとって差し迫った脅威です。アフガニスタンとの陸の国境から武器やテロリストが新疆ウイグル自治区に流入する事態だけは何としても避けたいことでしょう。そのためにも中国政府はタリバンと友好関係を維持する必要があります。
ソ連がアフガニスタンに侵攻して占領していたころ、反ソ連武装勢力(ムジャヒディン)は、米国のCIA等から資金援助や軍事援助を受けていました。同時に中国政府からも軍事援助を受けていました。ときにはCIAの資金で中国製の安い兵器を購入するといったケースもあったと思われます。当時はソ連と中国は仲が悪かったので、「敵の敵は味方」という論理で、中国政府とムジャヒディンは「ソ連という共通の敵」と対抗するために協力しました。
また、タリバンはパキスタン陸軍情報部が育てたも同然です。パキスタン軍はタリバンに武器や訓練を提供し、そのおかげでタリバンが勢力を拡大しました。中国とパキスタンは軍事的に密接な関係があります。インドとパキスタンは3度も戦火を交えており、パキスタンの仮想敵国はインドです。中国とインドも国境紛争を経験し、軍事的緊張関係があります。パキスタンと中国は「インドという共通の敵」がいることから、軍事的な同盟関係にあります。
アフガニスタンでは駐留米軍とタリバンが死闘を繰り返しました。タリバンと中国には、「米国という共通の敵」がいます。したがって、「敵の敵は味方」という論理でもタリバンと中国は協力できます。
そして国際面の隣の記事の「米印、対中連携強化」も「グレート・ゲーム」の一環です。米国のブリンケン国務長官とインドのジャイシャンカル外相が、同じく7月28日にニューデリーで会談しました。米国の対中国包囲網形成の一環です。
ブリンケン国務長官はチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世の代理人と面会しました。ご承知の通り、中国にとってはチベット問題はウイグル問題と並んで最重要の内政問題です。中国を強く意識した行為であることは明らかです。
インドとパキスタンの敵対関係は、アフガニスタン内戦にも影響します。パキスタンがタリバン(主にパシュトゥン人)を支援する一方で、インドは反タリバンの北部同盟(主にタジク人、ウズベク人、ハザラ人の武装勢力の連合体)に肩入れしました。9・11事件直後に私が滞在していたアフガニスタン北部のマザリシャリフは北部同盟の支配地域でしたが、米軍関係者をときどき見かけました。米軍と北部同盟は非常に密接な関係でした。
中国の外相とタリバンの幹部が会談というと意外な感じがしますが、米国と中国の21世紀の「グレート・ゲーム」という視野に立てば意外でも何でもないことがわかります。
中央アジアの「グレート・ゲーム」に日本は無関係ではありません。中国が尖閣諸島や南シナ海でアグレッシブな行動をとれるのも、新疆ウイグル自治区やチベットが平穏だから、とも言えるでしょう。もし新疆ウイグル自治区あたりでイスラム原理主義勢力が武装闘争を本格化させたり、チベットや内モンゴル自治区で騒動が起きれば、海洋進出どころではなくなるかもしれません。日本外務省も「グレート・ゲーム」に注視する必要があります