最近の中国政府といえば、香港の民主化運動の抑圧、ウイグルやチベットの人権侵害、習近平体制のアグレッシブな外交姿勢など、多くの日本人にとってはよい印象はないと思います。他方で、中国との経済的な相互依存関係は重要で、隣国である中国との友好関係づくりは常に重要課題です。
中国との関係を考えるにあたって重要なことは、中国国内にも多様な意見があり、習近平体制も見た目ほど一枚岩ではない点を理解することだと思います。そういう観点で、笹川平和財団の「中国の定点観測」プロジェクト論考集を読んでみるとおもしろいです。
井上一郎教授(関西学院大学)は「習近平の大国外交をめぐる中国国内の議論」のなかで次のように述べます。
習近平政権が推し進める中国の積極的な大国外交について、これまでにも中国国内において国際政治学者を中心に慎重な意見は存在したが、最近の米中間の対立の高まりを契機として、アカデミックな議論の枠を越えて批判が広がりつつある。
このような状況は、ふつうに新聞の国際面だけを読んでいてはわかりません。やはり中国専門家の「定点観測」的な観察は重要です。
中国人研究者のなかにも、習近平政権の大国志向の積極的な外交姿勢が、国力に見合ったものではなく、「過剰拡張」ではないかとする意見があると井上氏は述べます。
中国政府の「一帯一路」政策は、中央アジアなどに外交資源を投入していますが、米国、日本、カナダ、豪州などの西側の先進諸国との関係も重視すべき、と主張する中国人の学者もいるそうです。
どの国も外交と内政は密接不可分ですが、習近平体制でも国内の大衆向けに大国外交のポーズが必要とされます。国内向けに強気な外交姿勢を示さざるを得ない側面もあります(どの国にもそういう側面があります)。
中国は選挙がないから民意を無視できるかといえば、必ずしもそうではありません。中国政府は、臆病なほどネットの世論や大衆デモに敏感です。インターネット上の世論に敏感に反応し、人権を抑圧するのは、世論を恐れてのことかもしれません。
井上氏によると、中国国内の国際政治の専門家だけではなく、中国国内のリベラル派知識人からも、習近平の大国路線に対して反発が広がっていると言われています。国内問題が山積するなかで、発展途上国に多額の対外援助を行っていることや、虚栄心から大げさな国際会議を次々に開催することに批判があがっているそうです。
私にとっては「中国国内のリベラル派知識人」という言葉自体がちょっとした驚きでした。中国にも「リベラル派」がいるという事実は重要です。彼らは状況を冷静かつ的確に認識しています。井上氏は次のように指摘します。
今や広い範囲で習近平政権とリベラルなエリート層との分岐が深まっているともいえるが、習近平政権の対外姿勢に対する反発が特に高まり出したのは政権二期目に入ってからである。
中国から欧米への留学生の多さを考えれば、リベラルな知識人層が厚くなっても不思議ではありません。日本はもっと中国国内のリベラル派知識人や冷静な国際政治学者との接触や交流を増やした方がよいでしょう。中国政府は一枚岩でもなければ、中国社会は金太郎飴のようなモノトーンの社会でもありません。
外務省の公式チャンネルだけではなく、シンクタンクや学者、文化交流、留学生の受け入れと派遣、姉妹都市交流など、さまざまなチャンネルを用いて中国と交流し、中国の状況や情勢を的確に把握し、日本との関係改善を望む親日派グループを“育てていく”のが望ましい外交姿勢だと思います。
また、ウイグルやチベット、内モンゴル自治区、さらにはユーラシア大陸の内陸部の中央アジア諸国の情勢も注視した方がよいでしょう。日本人は中国を海側からしか見ていませんが、歴史的に中国にとっての脅威はユーラシア大陸の内陸からやってきます。中国政府は陸の国境も注視しているはずです。中国は14か国と陸で国境を接しています。
アフガニスタンに行ったときに初めて気づきましたが、アフガニスタンと中国は陸続きです。アフガニスタンの村人たちは中国茶(緑茶)をふつうに飲んでいました。旧ソ連占領時のアフガニスタンのゲリラ勢力は、米国CIAが資金を提供し、中国製のカラシニコフ銃(コピー)でソ連軍と戦っていたと言われています。
中国の安全保障戦略は、海側の米国、日本、台湾だけでなく、陸の国境を接するインドやロシア、中央アジア諸国も見すえています。「一帯一路」はシルクロードが主眼なので、中央アジア諸国がコアです。日本政府は、「インド太平洋」という海の視点だけではなく、ユーラシア大陸の陸の視点も重視した方がよいでしょう。
単に「中国はけしからん」と言っているだけでは何も問題は解決しません。防衛費の増加だけでは、経済成長著しい中国との軍事力のギャップは広がるばかりです。まず相手のことをよく知る。中国国内の多様性を理解する。そのために接触して交流する。中国国内の少数民族や中国と国境を接する国々とも交流を深める。中国の一人一人の市民の反日感情を抑えるために広報活動や文化交流を強化する。そして戦争を防ぐために中国政府と信頼醸成を進めつつ、日米安保体制を維持して不測の事態に備える、という現実的な態度が必要だと思います。
*参考文献:笹川平和財団 2020年「研究報告 SPF China Observer『中国の定点観測』プロジェクト WEB論考集