新型コロナウイルス危機は、すでに医療の仕組み、社会のあり方、経済構造を変えつつありますが、世界の政治も変えつつあります。
国際政治というのは「風が吹けば桶屋がもうかる」的な連鎖が多々あり、いろんな要素が影響し合います。従って、あまり単純化するのは危険です。しかし、あえて単純化して世界の政治へのコロナのインパクトを述べてみます。
米国の政治もコロナ危機で変化が生まれそうです。トランプ大統領の虚言癖は、平時でも害がありますが、有事にはさらに害が大きいことが、可視化されました。先見性のなさ、医学的根拠のまったくないツイッター、無責任な責任転嫁と、「有事の指揮官」としての大統領に不向きなことが再認識されました。
トランプ政権は、これまで大企業や富裕層の減税を行う一方で、感染症対策の優先順位を下げて予算を削減してきました。また、オバマ政権でやっと導入した医療保険制度(オバマケア)を廃止したため、貧困層が病院になかなか行けなくなり、診療抑制を招いてコロナ感染の蔓延を助長しました。
トランプ大統領は共和党系の州知事に呼びかけ、経済活動再開のために早い時期にロックダウンを解除するように促しました。二次感染を招きかねない状況です。共和党系州知事の早すぎるロックダウン解除が、悪い結果につながった場合、トランプ再選の可能性はさらに減るでしょう。
一般的に米国大統領の再選確率は高いのです。例外は、経済状況が悪く、失業率が高い時期の大統領です。2期目に挑んでダメだった現職大統領は、たいてい景気が悪いときの大統領です。コロナ経済危機が深刻化すれば、トランプ再選は危うくなるでしょう。
トランプ大統領から民主党のバイデン大統領へ政権交代が起これば、日本と世界に大きなインパクトを与えます。ポジティブなインパクトの方が多いと思います。
第一に、安倍総理のご自慢のひとつはトランプ大統領との仲の良さでした。ゴルフ接待や米国兵器爆買いで勝ち取った信頼関係ですが、大統領が代わればリセットです。むしろ「トランプに媚びていた安倍首相」は、「トランプに毅然として向き合ったメルケル首相」に比べて、バイデン氏の敬意を勝ち取るのは難しいかもしれません。安倍総理の政治力の低下につながることは必至です。
第二に、バイデン氏はフォーリン・アフェアーズ誌に投稿した論文「アメリカのリーダーシップと同盟関係:トランプ後の米外交に向けて」のなかで、大統領就任1日目にパリ協定に復帰すると宣言しています。バイデン氏の国内政策の柱は、格差是正とグリーン・ニューディールです。米国が再び気候変動問題に真剣に取り組み、世界でリーダーシップを発揮することになるでしょう。日本は石炭火力発電輸出に象徴的に見られるように、気候変動対策に後ろ向きであり、いまや環境後進国です。トランプの米国はこれまで日本の環境後進国仲間でしたが、トランプなきあとは日本だけが取り残されます。
第三に、同盟国を恫喝したり、武器や農産物を押し売りしたりと、同盟国軽視のトランプ大統領と違って、バイデン氏は同盟関係を重視します。特に価値観を共有する先進民主主義国との関係を強化するはずです。米国の伝統的な同盟国である英国、日本、ドイツ、カナダ、豪州等にとっては、バイデン氏は従来型のつき合いやすい大統領になるでしょう。
米国と中国のパワー(経済力、軍事力、ソフトパワー等を含めて総合的な力)を比較すると、中国になくて、米国にあるのが、頼れる同盟国です。日本や英国のように経済力も軍事力も一定の規模の国多数が、米国と同盟関係にあり、それが米国の比較優位です。トランプは自国の比較優位を自ら損なう愚かな外交を行ってきましたが、その不正常な状況はバイデンになれば変わります。
次に中国は、新型コロナウイルスが武漢市発だったこと、あるいは初期に隠ぺいを図ったことで、国際的評価を下げました。下がった評価を上げる意図もあってか、「マスク外交」といわれる医療支援を世界各国に行っています。マスクや医療機器の生産大国の強みを生かし、中国のソフトパワー強化の外交を進めています。どこまで成果が上がるかは不明ですが、米国の内向きさに比べれば好印象です。
中国共産党の正統性の源泉の1つは日本の支配と戦ったという歴史的正統性、もう1つは経済発展を実現してきた点だといわれています。民主的な選挙をへることなく政権を維持できているのは、経済発展を実現した実績による部分が大きく、景気が後退すると共産党支配の正統性がゆらぎます。すでに習近平国家主席に対する党内の反発が表面化していると報道されています。
コロナ危機による景気後退局面で中国政治が混乱するのは、日本とアジアの平和と安定にとって危険な兆候です。中国は過去にソ連、インド、ベトナムと国境紛争を起こして戦火を交えていますが、国内政治が混乱した時期に国境紛争が起きているパターンが多いです。過去の国境紛争はだいたい中国側が仕掛けています。ソ連の軍事力が圧倒的な時期であっても、中国は挑発し、ソ連の国境警備隊と交戦しています。
中国共産党の統治の正統性がゆらぐと「国内の不満を国外に向ける」という古典的手法を使う可能性があります。その時に排外的ナショナリズムの矛先にされかねないのが日本です。したがって、中国の安定は、日本の安全保障そのものです。中国経済の失速は、日本の危機の兆候になりかねません。中国との経済関係の強化を通じて、中国経済の失速を食い止めることこそ日本の国益です。
ロシアのコロナ拡大は異常なペースです。ロシアは当初余裕があったため医療機材をイタリアに援助したりしていましたが、いまは世界第2の感染者数になり、まったく余裕はありません。さらにコロナ経済危機で原油価格が暴落し、石油収入に依存したロシア経済とロシア財政を直撃しています。
プーチン大統領が民主主義を尊重していないのは周知の事実ですが、それでも国民の支持が高かった一因は好景気です。2000年以降しばらく石油価格が高値で安定していたのでロシアの財政は豊かになり、所得再分配や社会保障の充実もでき、軍備も拡大してきました。石油価格がプーチン大統領の支持率を釣り上げていた構造がありました。
しかし、石油価格低迷でロシアの経済と財政が打撃を受けると、反プーチン派が勢いづき、ナショナリズムが高まります。国内の反発を恐れ、北方領土を返還するどころではないでしょう。プーチン大統領に圧倒的な権力があれば、国民に不人気な北方領土返還もごり押しできたかもしれませんが、求心力がなくなればムリでしょう。安倍総理の北方領土外交は出口がなくなりました。
もはや「外交の安倍」のメッキも完全にはがれてきました。お友だちのトランプとプーチンが権力の座から滑り落ちれば、安倍外交の威力はほとんどありません。専門家によるとコロナのワクチンが1年以内に開発できる可能性はほとんどないそうで、延期したオリンピック・パラリンピックはそのまま中止になりかねない雰囲気です。オリンピック外交も期待薄です。
レガシーなき長期政権は、ポッキリ折れるように倒れるのかもしれません。安倍総理はある意味でコロナの犠牲者かもしれません。そろそろ総理を取り換えなくてはいけません。ポストコロナはポスト安倍で行くしかありません。