わざわざコロナ対策で海外に援助する必要があるのか?

新型コロナウイルス感染拡大で日本はたいへんな状況です。数日前に外務省領事局長のコロナ感染が報道されましたが、このところ衆議院外務委員会で領事局長の説明を何度か受けており、知っている人の感染はショックでした。私は濃厚接触者ではありませんが、それでも今まで以上に感染拡大防止に注意しようと思います。

政府としても医療崩壊を防ぎ生命を守るために全力を尽くすとともに、暮らしと雇用を守るためにあらゆる手段をとる必要があります。飲食店やサービス業などの休業を強いられた企業や自営業の皆さんの出口の見えない苦境を何とかするためには、いまの政府の緊急対策では不十分であり、雇用の維持や事業継続のためにさらに大規模な緊急対策が必要です。

こんな状況下でコロナ対策の国際援助を行うことには批判もあります。たとえば、「日本国内でこんなに困っている人がたくさんいるのに、なぜわざわざ海外に援助するのか。そんなお金があったら国内に回せ」という主張は、シンプルで力強く、あまり想像力を必要とせず、説得力があります。

世論調査をすればおそらく不人気な意見だと思いますが、私は「こんな状況だからこそ発展途上国の困っている人たちを支援すべきだ」とあえて主張したいと思います。利他的動機と同時に長期的な日本の国益にも資すると考えるからです。

コロナ感染拡大で被害がもっとも深刻になると思われるのは発展途上国です。日ごろから医療システムが機能していない国では、重篤な患者にも十分な治療をすることが困難です。マラウイでは人口1800万人に対し、集中治療室が25床しかないそうです。防護服や医療用マスクも十分に入手できない国では、医療崩壊は容易に起こります。紛争地など「日常的に医療崩壊」といってもよい国もあります。先進国でさえマスクが不足しているときに、貧しい途上国に十分なマスクが行きわたることはあり得ません。

1918~1919年のスペイン風邪の世界的流行でも、死者の約60%は西インド地域に集中し、西インド地域で少なくとも2000万人が亡くなったといわれています。栄養失調状態の貧困層や子どもは病気への抵抗力(免疫力)も弱く、簡単に治せる病気で亡くなる人が平素から大勢います。ましてコロナのように感染力が強くて重篤化しやすい病気が広がれば、一気に死者が増えます。

安全な水にアクセスできない人は、消毒液で除菌するどころか、清潔な水で手を洗うことさえ困難です。発展途上国の貧困人口の半分ほどは都市部のスラムに住んでいますが、過密で不衛生なスラムは感染症拡大の温床になりがちです。狭い家に大家族で住んでいれば、社会的距離をとることも不可能です。

日本人なら「コロナはウイルスなので飛沫感染する」といった情報を容易に入手し、かつ、理解することができます。それは学校教育やメディア情報で感染症の広がるプロセスを理解しているおかげです。しかし、字が読めない人、小学校にも通っていない人にとっては、目に見えない「ウイルス」を理解するのは容易ではありません。医薬品のビンのラベルの文字を読めない人が、薬とまちがって農薬を飲んでしまって亡くなるといった事故は発展途上国では今でも起きています。

公衆衛生の基礎知識というのは、日本人なら幼稚園や小学校のころから体系的かつ徹底的に教えてもらえます。小学校の洗面所には「石けんで手をあらおうよ」といったポスターが貼ってあるのを覚えている人も多いことでしょうが、そういう躾けのレベルで公衆衛生を徹底して教えているのが、日本の公教育のすぐれた点のひとつです。しかし、それは発展途上国では当たり前ではなく、小学校にも行けない子どもたちが多い国で公衆衛生の知識レベルが低いのは当然です。

以上のように発展途上国で新型コロナウイルス感染拡大が悲劇的結果を招くことは容易に想像でき、それを防ぐための国際援助のニーズがあることは明らかです。

次に、日本が発展途上国のコロナ対策を支援すべき実利的な理由を3つ述べたいと思います。第1は国際的相互依存下における経済的利益、第2は海外からの感染者流入リスク低減、第3は外交力の強化です。

第1の経済的利益に関しては、これだけ経済的相互依存が深化すると、発展途上国の経済危機は他人事ではないのは、比較的容易に想像できると思います。

たとえば、日本の貿易相手国の貿易額ランキングでみると、1位の中国、2位のアメリカ、3位の韓国、4位の台湾の重要性は容易に想像できます。5位のタイは、8位のドイツや9位のオーストラリアより貿易額が大きく、10位のベトナムは13位のイギリスや21位のフランスよりも貿易額が大きいです。欧州の主要国(英仏独)よりも、タイ、ベトナム、マレーシアの方が貿易額は大きく、アジアの発展途上国の重要性がおわかりいただけると思います。経済的観点で見れば、EUよりASEANの方が日本にとってずっと重要です。

さらに日本は世界最大の対外純資産を持つ国です。財務省発表の2018年末の対外純資産は341兆5560億円と膨大な額に上り、世界に投資して収益を得ているのが今の日本です。これだけ世界に投資していれば、新興国を含む世界経済の不振は日本経済に悪影響を与えることは明らかです。日本はASEAN諸国への投資が多く、こういった国の経済がコロナ危機で低迷するのは、日本の経済的利益を大きく損ないます。

第2に日本だけが感染拡大防止に成功しても、世界で感染流行が収まらないと安心はできません。そもそもコロナ感染は中国発で日本に入ってきました。その後は欧州なども経由してコロナ感染者が日本に入り、感染の拡大につながりました。世界全体でコロナの流行を終わらせることは、日本国民をコロナ感染リスクから守るための自衛手段ともいえます。

また外務省の2018年10月1日付のデータによると、海外に住んでいる日本国民は139万人に上ります。そのうちODA対象国で見ていくと、タイに約7.6万人、ブラジルに5.1万人、ベトナムに2.2万人、私も住んでいたことがあるインドネシアに約2.0万人、私が留学していたフィリピンに1.7万人の在留邦人がいます。日本大使館や領事館にきちんと届け出ていない日本人、さらに短期滞在者も含めれば、かなりの数の日本国民が海外にいて、発展途上国にも住んでいます。こういった日本国民の生命を守るためにも発展途上国のコロナ感染拡大を防ぐことには意味があります。

第3にコロナ危機にあたって援助することは日本の外交力(ソフトパワー)強化にも役立ちます。困った時に助けてくれた国に対しては、親近感や信頼感が増し、その後の協力関係がスムーズに行くことは多々あります。中国やロシアが「コロナ外交」といってもよいほど熱心に医療支援を行い、アピールしています。ロシアや中国が、善意だけで医療支援を行っているとは考えがたいです。医療支援を行うことが、自国の国益増進に役立つと考えているのでしょう。

東日本大震災のときに、台湾が国をあげて寄付金を募り、莫大な金額を被災者に届けてくれたことを覚えている人は多いと思います。それにより台湾への親近感が増したという人が多いはずです。コロナ危機対策の国際援助には、同じようなメリットが考えられます。

以上の3つの実利的かつ即物的なメリットもありますが、その他に「困った時はお互いさま」という当たり前の利他的な動機も重要です。日本自身もたいへんな時期に援助をすれば、相手国の国民も「日本は自分たちもたいへんな時期にも関わらず、支援の手を差し伸べてくれた」と感謝してくれるのではないでしょうか。コロナ危機対策のODAを迅速かつ大規模に実施することを政府に求めたいと思います。

*ご参考:2017年4月21日付ブログ「なぜわざわざ海外に援助をするのか?」

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