新型コロナウイルス感染拡大が、世界の社会、経済、政治、人々の認識を変えつつあります。グローバルな変化と同時に、各国の国内政治も変えています。もちろん日本の政治にも大きな影響を既に与えています。
韓国
韓国政府は新型コロナウイルス感染をいち早く抑え込んだと国際的に評価されています。簡易診断キットや「ドライブスルー式」検査などを活用し、積極的に検査を実施しました。研修施設などを一部改装して軽症者や無症状者を受け入れる仕組みを早い時期に取り入れ、感染抑止のモデルケースとして世界で注目されています。韓国に検査キットなどの支援や輸入を求める国は100か国を超えたと報道されています(産経新聞4月5日朝刊)。
その結果、文在寅政権の支持率が急上昇しています。4月15日に投開票の総選挙では与党の優勢が伝えられています。2か月ほど前に会った韓国紙特派員は「おそらく野党が勝つだろう」と言っていましたが、この1か月で情勢が一気に変わりました。一般的に戦争や大災害の時には政権与党の支持率が上がる傾向があります。ましてコロナ対策で功績をあげているだけに、文政権の与党には有利な情勢です。コロナ対策の成否が選挙結果を大きく左右しそうです。
シンガポール
シンガポールもコロナ感染拡大を抑え込んだ国として評価されています。もともとシンガポールは厳しい規制で有名です(法律でガムもかめません)。人権や民主主義の観点では一部で批判されてきた国であり、私権の制限に何の躊躇もしない国です。見事に抑え込んだのも納得できます。
シンガポール大使館の書記官から「日本政府のコロナ対策について聞きたい」という面談要請があり、こちらもシンガポールのコロナ対策に関心があったので面談しました。シンガポールでも近いうちに総選挙が見込まれており、政府のコロナ対策が評価され、与党有利というのが一般的な観測だそうです。私からは「シンガポールで与党が優勢じゃないことなんてあるのか?」と皮肉を言いましたが、苦笑いしていました。
ドイツ
ドイツのメルケル政権もコロナ対応で評価を高めています。日本とちがって大々的にPCR検査を行っています。これまでに92万件の検査を行ったそうです(産経新聞4月6日朝刊)。ドイツでは感染者の致死率はきわめて低く、医療崩壊状態の隣国のイタリアとの違いが際立ちます。
危機管理に強いメルケル首相の求心力が再び強まっています。後継者がいないのが難点ですが、メルケル人気が続いてライバル社会民主党への風は吹いていません。メルケル首相はすでに退陣を決めており、ポスト・メルケルのドイツとEUがどうなるのか先行きが読めません。
アメリカ
アメリカは世界最強の超大国であるにも関わらず、また世界最先端の医療機関や研究機関があるにも関わらず、コロナ感染が世界一拡大し、死者数も世界一という矛盾した状況に置かれています。CDCのような優れた研究機関があっても医療現場が崩壊しては仕方ありません。トランプ政権の不手際は明らかですが、それでもトランプ大統領の支持率は就任以来最高の47%に達しました(毎日新聞4月4日朝刊)。他方、トランプ大統領は不支持率も高く、支持と不支持が拮抗しています。「どちらでもない」という中間がいないのも、分断を招いたトランプ政治の特徴でしょう。
国民皆保険制度(オバマケア)をトランプ政権は廃止しましたが、それによって低所得層の診療抑制が起き、コロナ感染拡大の一因になったともいわれています。おそらくコロナ危機後に国民皆保険への支持が高まることでしょう。民主党へのちょっとした追い風になるかもしれません。
民主党は今朝の報道によると左派のサンダース候補が立候補を取りやめ、中道のバイデン候補に一本化される見込みです。少しは民主党の勝ち目が出てきたといえるのかもしれません。アメリカ大統領選は現職有利というのが一般的ですが、景気が悪化している時は例外というのが経験則です。コロナ危機への対応、さらにコロナ危機がきっかけとなった経済危機が、アメリカ大統領選の結果にも影響を与えそうです。
ハンガリー
毎日新聞(4月6日朝刊)の記事の見出しは「コロナ『便乗』強権加速」というもので、ハンガリーのオルバン首相の強権を記事にしています。危機のときには、「団結しなければ」という同調圧力が高まり、政権への求心力が強まります。それに乗じて強権的な政権がますます強権的になるというケースは、歴史をふり返ると多々あります。日本でも緊急事態宣言に対して「私権の制限が強すぎる」という批判がありましたが、そういったケースを警戒してのことであり、合理的な警戒感だと思います。
オルバン政権は、現在の世界における強権的ポピュリスト政治家の典型としてしばしば言及されます。トルコのエルドアン、ロシアのプーチン、インドのモディなどと並び、選挙で選ばれた強権的政権の典型です。オルバン首相は堂々と西欧型民主主義を否定し、「非自由民主主義」を掲げ、難民の排斥などの民族主義的(排外的)な主張を訴えてきました。ハンガリーはコロナ感染拡大を大義名分に国境管理を強化しています。他国は時限的な国境管理を実施していますが、ハンガリーだけは時限措置ではありません。
コロナ危機をきっかけにグローバル化への反動が予想されています。ハンガリーの例はもっとも早い事例かもしれません。反グローバリズムが、偏狭なナショナリズムや排外主義につながらないように気をつけなくてはなりません。日本でも同様の事態が起きないように警戒が必要です。
ロシア
ロシアはもともと強権的な監視国家でしたが、コロナ危機を大義名分にさらに国民監視を強化しています。IT技術を駆使した国民監視は、以前より効率的かつ効果的です(困ったことに)。中部ニジュゴロド州では「外出許可証」がQRコード化されスマホで配信され、当局がスマホの位置情報を利用して、外出時の動きを確認できるそうです(読売新聞4月7日朝刊)。こういった監視技術は、テロ対策や野党勢力の監視にも使われることでしょう。テロ対策までは許せますが、それ以上の領域まで容易に踏み込むのがロシア流です。KGBスパイ出身のプーチン大統領が、人権や民主主義をさほど重視していないのは明らかです。コロナ危機が深刻化させる別の危機です。
コロナ感染拡大防止に成功したように報道されているロシアでは、国際的な医療支援を活発化させています。ロシアはアメリカやイタリアに医療物資を送ったり、感染症対策の専門家をイタリアに派遣したり、イメージアップに力を入れています。そのこと自体は批判されるべきではなく、称賛されてもよいのですが、その背景の意図もよく考えなくてはいけません。
ロシアが、アメリカやフランスの大統領選挙にインターネットを通じて干渉し、選挙結果に影響を与えたのは既知の事実です。「ロシア・トゥデイ」などの官製メディアに多額の資金を投入し、自国の喧伝とアメリカ批判のニュースを世界にばらまいています。今回のコロナ危機も、「ロシアの優位、アメリカの弱体化」を喧伝する機会とみなしている可能性があります。
外交において文化交流やメディア発信を通じて相手国の世論に直接訴える「ソフトパワー」外交が注目されるようになってきました。他方、違法な手段やフェイクニュースによって世論操作しようとするロシアや中国の動きを「シャープパワー」と呼ぶようになりました。ロシアの医療支援はソフトパワーであり、その範囲内では素直に評価してよいのかもしませんが、シャープパワーを行使してきた国であることは忘れてはいけません。
以上、いろんな国の事情を書きなぐってみましたが、コロナ危機は世界各国の内政にも、国と国との関係にも、大きな影響を与えつつあります。日本も早くコロナ危機から立ち直って、発展途上国などの医療システムが脆弱な国のコロナ対策を支援できる立場になってほしいと思います。