米国とアフガニスタンの反政府武装勢力のタリバンが2月29日に和平合意に署名しました。これは米国とタリバンの和平合意であって、アフガニスタン政府とタリバンの和平合意ではありません。そのため内戦が続く可能性もあり、楽観できません。しかし、タリバンはアフガニスタン政府との将来の和平に向けた対話を始めるとの報道もあり、平和への一歩となることを期待しています。
私は、2001年9月11日の米国同時多発テロ直後の冬に、アフガニスタンでNGOスタッフとして人道援助に携わりました。その後もずっと戦争が続いてきたアフガニスタンがどうなっているのか、ずっと気になっていました。
アフガニスタン和平を考えるために、昨年出た「シークレット・ウォーズ」という本を読みました。コロンビア大学ジャーナリズム大学院長で、ピュリツァー賞を2度受賞したスティーブ・コール氏のノンフィクションです。上下巻であわせて900ページ超の大部の本ですが、個人的な思いもあり興味深く読めました。
この本を読み終わってつくづく思ったのは、「二十代のころの自分は物事をよくわかっていなかったものだ」ということです。そして「それにも関わらず」なのか、「だからこそ」なのか分かりませんが、血気盛んで無鉄砲だったものだと我ながら感心します。
当時の私は北部同盟勢力圏のマザリシャリフを中心に活動し、ときどきカブールにも出かけていました。アフガニスタン国内のパシュトゥン人、タジク人、ハザラ人、ウズベク人といった諸民族の力関係や歴史的背景など、ほとんど知らずに現地に飛び込み、不勉強な状態で仕事をしていたことを今ごろ反省しています。
当時は知りませんでしたが、「シークレット・ウォーズ」によると米国政府の一部ではわりと早い時期からタリバンとの和平交渉の可能性を探っていました。しかし、米国内の国防総省、国務省、CIAといった主要アクターがそれぞれの思惑で行動し、タリバンとの和平推進派は米国政府内で力を得ることができませんでした。
米軍がアフガニスタンに介入したのは、アルカイダやその指導者のビン・ラディンがタリバンにかくまわれているという理由でした。米国は、タリバンに対抗していた北部同盟(タジク人、ウズベク人、ハザラ人の各勢力)に肩入れし、パシュトゥン人主体のタリバン政権をあっさり打倒しました。
しかし、タリバン政権打倒までは簡単でしたが、アルカイダをせん滅するのに苦労しました。さらに米軍がつくったカルザイ政権は脆弱で、ゲリラ化したタリバンとの戦いは泥沼化しました。
タリバンはもともと土着の武装勢力で、グローバルに展開する国際テロ組織とは性格が異なります。タリバンの背後にはパキスタン陸軍情報部がいて、パキスタン政府のタリバンへの影響力は大きかった様子です。タリバンはわざわざ米国本土に進出してテロ行為を行うこともないので、アルカイダと同列に見るのは誤りだったかもしれません。
オバマ政権のころにタリバン穏健派との和平交渉が始まり、トランプ政権になってやっと交渉がまとまったという感じかもしれません。やらなくてもよい戦争を始めて、なかなか終わらせることができなかった米国は、大きな犠牲を払っても何も得る物がありませんでした。
かつてはパキスタンは米国の同盟国でしたが、パキスタン軍が育てたタリバンと米軍が戦ったこともあり、パキスタン軍と米軍の信頼関係は傷つきました。その結果、パキスタンはすっかり中国寄りになってしまいました。パキスタンは米国の同盟国からどちらかといえば敵対的な国へと変わり、米国のプレゼンスを低下させる結果になりました。
この本を読んで驚くのは、米国の「政府内政治」の複雑さです。国防総省(軍)と国務省、CIAがそれぞれに勝手な動きをすることも多く、ホワイトハウスと国務省の関係も微妙な場面があることがわかります。陸軍と海兵隊の連携も簡単ではなく、タテ割り行政がここでも見られます。現地の大使やCIA支局長の性格や考えも米国の姿勢に影響を与え、属人的な要素が大きいことがわかります。
また、大統領が変わると主要な政治任用スタッフが入れ替わり、継続性も十分に保たれているようには見えません。日本や英国のような官僚制の自律性の高いの国の外務省は、米国の国務省よりも政策の継続性や組織の記憶力(institutional memory)の点で優れていることがわかります。
日本の報道などで「米国の意向」というような表現をすることがありますが、米国の内部にも多様なアクターがいるので、米国政府全体を代表した意見というのはあまりないのかもしれません。この本を読むと、米国政府内の多様性を理解することの重要性がわかります。
また、上院の軍事委員会や外交委員会の有力上院議員がときどきアクターとして登場します。議会(特に上院)の権限が強く、大統領だけでは決められない米国の政治風土の雰囲気が伝わってきます。さらに、政治任用で政権入りする学者や研究者が主要なアクターとして登場するのも、米国政治の特色だと興味深く思いました。
国務省、国防総省、陸海空海兵隊の四軍、CIAなどの優秀な人材が集まり、膨大な予算、最新のテクノロジー、圧倒的な物量をもってしても、米国はアフガニスタンで大失敗しました。米国の叡智を結集しても、数え切れないほどの判断ミスをくり返しました。多くの米軍兵士が亡くなったり傷ついたりしました。それ以上の大勢のアフガニスタン人が犠牲になりました。
米国の優秀な軍人、外交官、学者、情報機関員が集まっていながら、かくも愚かな戦争を長期にわたって戦い、悲劇を招いたものだとあきれます。ピュリッツァー賞作家の900ページ超の本を読んで、「必要のない戦争に関わってはいけない」というごく常識的な教訓を得ることになりました。米国一辺倒の外交のあやうさを改めて実感しました。
この本は次の人にお薦めです。
- 米国の政府内政治(政策決定プロセス)に興味のある人
- アフガニスタン・パキスタンの2000年以降の動きを知りたい人
- 和平交渉の進め方に関心のある人
- アフガニスタン・パキスタンの軍事情勢や米軍の対ゲリラ戦に関心のある人
- インテリジェンスに関心のある人
最後にアフガニスタンの平和とアフガニスタン国民の安寧を心からお祈りします。
*参考文献:スティーブ・コール、2019年「シークレット・ウォーズ」白水社