本日(6月6日)は第二次世界大戦中1944年にノルマンディー上陸作戦が行われた日です。トランプ大統領がイギリスで開かれた上陸作戦75周年の式典に出席したニュースを見て、ふと思ったことがあります。
おそらく多くの日本人は「ナチスドイツを倒したのは主に米軍だ」という歴史認識を持っていると思います。「プライベート・ライアン」や「史上最大の作戦」といったノルマンディー上陸作戦を描いた名作映画を見ても、ドイツ軍を倒したのは米軍という印象を持つことでしょう。
私も以前はそう思っていました。しかし、イギリス人の歴史家の本を読んで「ナチスを倒したのは事実上ソ連軍だった」ということを知りました。ドイツ軍を相手に長期にわたり死闘を繰り広げて多くの犠牲者を出しながらも、同時にドイツ軍にいちばん多くの犠牲を強いたのはソ連軍です。イギリス人の著者は決してソ連びいきではなく、単に事実を記述しているだけですが、その本を読んで目から鱗が落ちました。
1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦から西部戦線の地上戦が本格化しますが、東部戦線では1942年後半からソ連軍の反攻が本格化し、1943年段階ですでにドイツ軍は敗走を始めていました。それ以前に行われた首都のモスクワやスターリングラードの攻防戦の犠牲者数はけた違いに多く、絶頂期のドイツ軍を相手に熾烈な地上戦を繰り広げたのがソ連軍でした。1944年6月頃にはドイツの敗戦が濃厚になっており、ドイツ軍の勢いが弱まった時期にノルマンディー上陸作戦が敢行されたともいえるでしょう。
その本によると、うろ覚えですが、ドイツ軍が受けた損害(死傷者数等)は東部戦線(対ソ連戦)の方が圧倒的に大きく、米英軍と戦った西部戦線のドイツ軍の死傷者数より東部戦線のドイツ軍の死傷者数が圧倒的に多かったという記述があったと思います。各国兵士の死傷者数の推計値を見ても、ソ連軍と米軍の死傷者数を比べると、圧倒的にソ連軍の犠牲者が多いです。
日本軍は太平洋戦争で主に米軍と戦って敗れたし、戦後は同盟国の米軍を色眼鏡をかけて好意的に見てしまうので、「米軍は強い」だから「精強なドイツ軍を破ったのは米軍だ」というイメージにつながりやすいのだと思います。
さらに日ソ中立条約を破って終戦直前に火事場泥棒のように侵入し、北方領土を占領したソ連軍には良い印象は持てません。それもあいまって、ついつい「ナチスドイツを撃破し、ヨーロッパを開放したのは米軍だ」という米国の公式の歴史認識に日本人は感化されやすいのだと思います。
もちろんそこには一定の真理があります。少なくとも西部戦線では、米国の歴史認識は正しいです。しかし、ナチスドイツ軍を破った功績のおそらく6~7割はソ連軍に帰するというのが客観的・中立的な見方だと思います。少なくともイギリス人の歴史家のひとりはそういう趣旨のことを書いています。
東欧や中欧はナチスから解放されるとすぐにソ連に占領され、中東欧は踏んだり蹴ったりでした。「西欧はナチスから解放されたが、中東欧はナチスの占領からソ連の占領へ変わっただけ」という実態なので、米軍に解放されたフランスやオランダ等は幸運だったと思います。東西ドイツも南北朝鮮もソ連に占領された方の国は悲惨な戦後を送り、米国に占領された方の国は民主的な経済大国になりました。そういう意味では米国はよき占領者であり、ソ連とは比べ物になりません。
戦後の米国も「ナチスを倒し、ヨーロッパを開放し、自由と民主主義を守ったのはアメリカだ」という歴史認識を宣伝し、実際にそういう側面も大きいので、それが広く受け入れられたと思います。しかし、軍事的な役割に限って見ると、米軍以上にソ連軍の役割が大きい点を見落とすのはフェアではない気がします。米国の公式的な歴史認識を信じるのは、国際政治や国際情勢を客観的に判断する上でマイナスかもしれません。私は、ソ連びいきではありませんし、親ロシアではありませんが、やはり第二次世界大戦の欧州東部戦線におけるナチス打倒へのソ連の貢献は認識しておく方がよいと思います。
ちなみに、やや脱線ですが、司馬遼太郎の歴史小説を読んで歴史の教訓を読み取ろうとするのが誤りであるのと同様に、「プライベート・ライアン」や「史上最大の作戦」を見て歴史や国際政治上の教訓を学ぼうとするのは誤りだと思います。いまの日本は何となく歴史ブームですが、単に歴史マニアのブームであって、真剣に歴史から教訓を学ぼうという姿勢があまりないように感じます。
趣味としての歴史はそれでいいのかもしれませんが、きちんとした調査手法や手順で歴史を研究した歴史家や学者が書いた本を通じ、未来に向けた教訓を学ぶ歴史の勉強も大切だと思います。少なくとも政治家や官僚といった政策決定者は、それぞれの政策分野の歴史を学ぶべきだと思います。教育史、経済史、外交史等、それぞれの政策分野に対応した歴史研究がありますが、政策に携わる人は勉強すべきだと思います。
トランプ大統領がノルマンディー上陸作戦の記念式典でスピーチしたというニュースを見たら、ソ連の払った犠牲にも思いをはせることが、バランスの取れた見方だと思います。歴史に関しては、国によりいろんな見方があります。いろんな見方があることを知っていることが、外交や安全保障を考える上では重要だと思います。自国中心の狭い見方、西欧中心の歴史観等とは距離を置き、冷めた目で歴史を見ることが、「実学としての歴史」には必要だと思います。