北朝鮮経済制裁と対話への決断

今朝(8月2日)の西日本新聞に「北朝鮮17年ぶりの高成長?」という見出しの記事がありました。昨年の北朝鮮の国内総生産の推定成長率は3.9%にのぼり、貿易額も4.7%増だそうです。中国やロシアが協力しない経済制裁は、あまり効果をあげていないことがわかります。

英国の外交官のロバート・クーパー氏は、英国のプロスペクト誌が選ぶ「世界最高の知性100人」の1人です。彼が主張した「新リベラル帝国主義」は、ブレア政権の外交安全保障政策の柱になりました。そのクーパー氏が次のように述べています。

経済制裁は、対象国に行動を改めさせる誘因にもなるし、制裁解除は交渉における有効なカードに最終的にはなるだろう。しかし、経済制裁の痛手をより厳しく受けるのは、常に保身に怠りない指導者より、民衆である。あらゆる努力を講じたものの、イラクではそうしたことが起きてしまった。

逆説的ではあるが、経済制裁がもっとも効果を発揮するのは、経済制裁を課す必要がまったくない国、つまり、民主主義国家を相手にしたときなのだ。なぜなら、民主主義国の民衆は、経済制裁で損害を受けたら、次の選挙で政府に報復するだろうから。

ところが、経済制裁が逆効果となり、その国の政府をかえって強くすることもあるのだ。元々は人気のなかった政府であっても、外部から圧力がかかったことをきっかけに、周囲に一致団結する雰囲気が生まれることがよくある。セルビアへの経済制裁の場合、この国の政府に経済破綻への責任を回避する口実を与えてしまった。いや、セルビア政府は、利益すら得ていたかもしれない。経済制裁の結果、導入された配給制度の操作を通じて、セルビア政府に権力が集中することになったからだ。ミロシェビッチ率いる政府のごとき半ば犯罪組織のような政府は、暗黒社会と深いつながりを持っているため、密輸や非合法活動が活発な環境の中で栄えるのである。

*ご参考:ロバート・クーパー「国家の崩壊」2008年 日本経済新聞出版社

クーパー氏が指摘する「経済制裁が、制裁された国の体制を強化する」という逆説は、北朝鮮の場合にも一部あてはまるかもしれません。これまで日本政府や米国政府は経済制裁一本やりでやってきましたが、その効果はあがっていません。核開発もミサイル開発も止められませんでした。経済制裁を続けてきた結果として、日朝の経済関係はいまや皆無です。これ以上の制裁手段はほとんどありません。手詰まりです。

経済制裁も軍事的圧力もどれほど効果があがっているかわかりません。軍事的圧力が北朝鮮の独裁者に恐怖感を与えているのは間違いないでしょうが、それで核開発やミサイル開発をやめるということにはなっていません。

おそらく北朝鮮がいちばん望んでいることは、米国との直接交渉であり、体制存続の保証だと思います。北朝鮮のような人権無視の軍事独裁政権が続くのは感心しませんが、それでも第二次朝鮮戦争が起きて何百万人という人が亡くなったり避難民になったりするよりはマシだと考えざるを得ない時期に来ています。北朝鮮国内にいる拉致被害者の皆さんも、戦争が起きれば戦闘に巻き込まれて亡くなる可能性があるでしょう。とにかく何としても戦争を防ぐためには、米国が北朝鮮との対話に乗り出すべきだし、日本政府もそのために側面支援すべきだと思います。

北朝鮮の独裁者は、米国と戦争になれば、自分の命がなくなることくらいわかっているでしょう。朝鮮戦争のときとちがって、ソ連や中国が北朝鮮を全面支援するとは思えないので、北朝鮮が先制攻撃することは考えにくいです。むしろ可能性として高いのは、トランプ大統領が先制攻撃を指示する可能性の方でしょう。国内の不満をそらすために、軍事的冒険に走る政治的指導者は、世界各国の歴史上これまで数多くいました。トランプ大統領がそうならない保証はありません。

北朝鮮との対話を真剣に考える時期です。「毅然たる外交」という名のチキンレースでは、国内に批判者も自由な報道機関もない独裁者の方が圧倒的に有利です。民主国家の政治指導者にはさまざまな制約がありますが、独裁者にはありません。朝鮮半島の軍事衝突の可能性も踏まえて最悪の事態に備えつつ、北朝鮮との直接対話により、北朝鮮の体制保証や経済支援と引き換えに核開発とミサイル開発を断念させることを真剣に考えるべきだと思います。そのプロセスの中で拉致問題解決の糸口も見つかるかもしれません。対話と交渉なくしては、何も解決しないと思います。