アメリカの世紀は終わらない【書評(1)】

アメリカの政治学者のジョセフ・S・ナイの「アメリカの世紀は終わらない」は、「中国がアメリカを抜くことはない」と断言する本でおもしろかったです。概してナイの本は、読みやすく、わかりやすく、論旨明快です。

ナイはいわゆる「ジャパン・ハンド」の最有力者のひとりで「アーミテージ・ナイ」レポートの執筆者のひとりです。「ソフト・パワー」という言葉をつくり、パブリック・ディプロマシー(文化広報外交)の重要性を訴え、日本の外交・安全保障政策にもかなり影響を与えています。

この本に次のような記述が出てきます。

1950年代のことである。多くのアメリカ人はソ連が自国を追い越し、世界を主導する存在になるだろうと恐れた。ソ連は世界で最大の領土を持ち、当時の人口は世界三位で、経済規模は二位。そして石油と天然ガスの産出量ではサウジアラビアを上回っていた。ソ連は世界全体のほぼ半分の核兵器を保有し、アメリカより多くの兵員を配置し、研究・開発への従事者は世界最多だった。

その後、ソ連が崩壊に向かったのは言うまでもありません。当時のアメリカ人がソ連に対して持つ危機感はかなりのものだったようです。しかし、後からふり返ってみると、ソ連を過大評価していたことは明らかです。ソ連の核戦力を過大評価し、「ミサイル・ギャップを埋めなくては」という論調が強かったものの、ソ連時代の記録を見るとそんなギャップは存在しなかったことがわかっています。ソ連の経済や政治体制が崩壊したのも、いま振り返ると歴史の必然のように見えます。

同じような観点で中国を見てみるとどうでしょうか。いまの中国の現状は、人口は世界一位、経済規模は世界二位。領土の広さはアメリカとほぼ同等。研究開発に携わる人数でも世界有数でしょう。経済成長率は高く、まだ成長の余地があります。

他方、中国にもシェールガスはありますが、技術的に採掘しにくく、石油や天然ガスは輸入に依存しています。エネルギー面では旧ソ連ほどの優位性はありません。

中国の領土の広さはアメリカと同等ですが、可耕地面積ではアメリカが圧倒的に優位です。中国西部は砂漠地帯が広がり、人が住めない部分の面積が大きく、沿岸部は人口過密状態というバランスの悪さです。人口は多いですが、一人っ子政策で急激な少子高齢化を迎えています。経済が発展して社会保障制度が整備される前に、人口が高齢化してしまいました。日本以上に深刻な少子高齢化社会が予測されます。

中国の環境の制約は厳しいです。水資源の不足、可耕地の不足、大気や河川の悪化、資源の枯渇など、抱えている問題は深刻で数多いです。環境やエネルギーの制約を考慮すれば、人口が多すぎることがネックになりかねない状況です。

核戦力ではソ連とアメリカは拮抗していましたが、中国とアメリカでは圧倒的な差があります。ソ連は軍事技術では最先端の技術も多く、アメリカにそれなりに対抗していました。しかし、現在の中国とアメリカの軍事技術や軍事力の差は、1950年代のソ連とアメリカの差より大きいでしょう。軍事のテクノロジーや運用ノウハウ等を考えると、中国がアメリカの軍事力に追いつけるとしても何十年も先でしょう。

アメリカは世界でもっとも洗練された大学や研究機関を持ち、中国が対抗できる状況にはありません。世界中から優秀な人材がアメリカをめざしますが、中国をめざす人材は多くありません(むしろ中国からアメリカをめざす若者は多いです)。ハリウッドやディズニーの魅力に対抗できるコンテンツを中国は持っていません。グローバル化とIT化のなかで英語の覇権はゆるぎそうになく、中国語が対抗できる可能性は低いままです。中国語が国際語になる余地は少ないでしょう。

経済の規模(量)では、中国がアメリカの名目GDPを抜く日が来るでしょう。しかし、経済の質でアメリカを凌駕するとは考えにくく、一人当たりGDPでもアメリカは抜けないでしょう。イノベーションが起きやすいビジネス環境は、自由で民主的な政治や信頼できる法制度が大前提だと思います。

また、アメリカには、イギリス、日本、カナダ、オーストラリアなどの信頼できる同盟国がたくさんあります。アメリカと軍事的な協力関係を結んでいる国は50か国以上あります。中国に信頼できる同盟国がどれだけあるでしょうか。イギリス、日本、フランス、ドイツなどのアメリカの同盟国は、経済力でも軍事力でもかなりの実力があります。インドやベトナムも中国への対抗上、アメリカとの関係を強化しています。

さまざまな要素を考えると「アメリカの世紀は終わらない」という結論は、かなり説得力があります。少なくとも30年くらいはアメリカの世紀が続くでしょう。

むしろ恐れなくてはいけないのは、中国の経済恐慌や国内混乱による東アジアへの悪影響かもしれません。中国の強さも警戒すべきですが、中国の弱さも警戒しておく必要があります。尖閣の警戒も必要ですが、中国が混乱して大量の難民が日本にやって来るといった事態も警戒が必要です。貿易相手国としての中国の重要性は言うまでもありません。豊かで安定して平和的な中国の存在が、日本にとっての国益だと思います。国内に不満がある時ほど、日本をたたくのが中国です。中国の安定化に向けて協力することが日本の国益という考え方も成り立つかもしれません。

長くなったので、続きは次回ブログにて。