中国は米国を抜くか?

歴史家のポール・ケネディの見解によれば、米国が世界の政治的中心として欧州を追い越したのは1917年頃だそうです。ポール・ケネディ流にいえば、2017年は米国が世界の中心になって100周年という節目の年です。100年目にトランプ大統領が誕生したのは、歴史の皮肉かもしれません。

私は「中国が米国を抜いて世界一の超大国になることはない」とずっと思っていました。世界全体に占める米国の相対的な位置は低下するにしても、世界一の座を中国に奪われることはないだろうと思っていました。そう考えていた根拠は次の通りです。

1.経済規模(量)だけでいえば、中国が米国を抜くのは間違いない。すでに購買力平価ベースでは中国の経済規模は米国を上回っている。しかし、経済に関しては、内容(質)も重要である。一人当たりGDPで中国が米国を抜くことはない。中国は経済規模が拡大しても、高齢化する人口を養わなくてはいけない負担が大きい。中国では過剰な人口が経済の足を引っ張る時代が迫ってる。生産年齢人口も中国が減少に向かうのに対し、米国は増え続けている。技術力やブランド力を考えると、米国経済の総合的な強さは引き続き世界一の座を維持する。

2.軍事力の差はすぐには縮まらない。米軍は常に戦争を続けて実戦経験を蓄積し、軍事的革新を続けている。中国軍は長いこと実戦経験もなく、過去の戦争(国境紛争)でも勝ったことがない。空母や潜水艦、戦闘機等の技術力の差は簡単には埋まらない。さらに米国には頼れる同盟国が多い(NATO、豪州、日本、韓国等)。中国には強固な同盟国はない(ロシアとの関係は今のところ良好だが、NATOや日米同盟ほど強固ではない)。軍事力の質と同盟国の信頼性で米国の優位が続く。

3.米国のソフトパワー(文化、価値観、メディア等)の総合力は、中国の追随を許さない。優秀な人材を世界から吸収する大学や科学技術の力も引き続き圧倒的である。中国の大学が、世界中の人材を集めるには至らない。グローバルな世界で英語という武器を自由に使える優位性もある。中国が世界の憧れになることはおそらくない。

4.天然資源でも米国は中国より優位。領土面積では米中は同じくらいだが、可耕地面積では米国の方がだいぶ広い。中国はシェールガス埋蔵量も多いが、シェールガス採掘に必要な水が不足している。人口が多いことも、環境負荷という点ではデメリットになる。水資源、環境破壊、可耕地の減少等、中国の方がより資源の制約は厳しく、人口が多いことが対策を難しくしている。

5.米国にも人種や所得格差という分断はあるが、中国はその比ではない。所得格差も人種差別も中国の方がひどい。ウイグルやチベットという民族紛争を国内に抱えており、イスラム原理主義テロの脅威に関しても、地続きの中国の方が深刻になる可能性がある。米国は近隣国との間に国境紛争はない。中国はインド、ベトナム、日本、フィリピン等と不安定な国境を抱え、14か国と陸の国境を接し、軍隊や国境警備隊、治安部隊を国土の四方八方に張り付ける必要があり、大きな負担になっている。

しかし、トランプ大統領の登場で米国のソフトパワーは揺らぎました。民主主義や人権、自由、市場原理といった普遍的価値観の守護神としての米国の強さや魅力がなくなれば、米国の言うことをきく理由がひとつ減ります。経済力と軍事力は相対的に弱体化するなかで、ソフトパワーまで弱まれば同盟国のサポートは得られなくなり、中国に対する比較優位がひとつ減ります。

ソフトパワーの弱体化をくい止めなくては米国の凋落は加速しますが、それは日本にとっても不幸なことです。日本にとって拡大する中国とどうつき合うかが、最大のテーマです。絶対に避けるべきは、中国との戦争です。戦争にならなくても、中国の経済的な支配下に置かれる事態も避ける必要があります。そのためには米国やアセアン諸国、インド等の経済力や外交力が強化され、中国との均衡を保てるような地域システムを整える必要があります。米国の弱体化は、日本の国益にはなりません。世界で尊敬される民主的で強い米国であってほしいものです。