トランプ大統領は就任以前からトップニュースを飾り続けています。これまでの常識や客観的事実を無視して、思いもよらない政策判断や言動で注目を集めています。予想もしなかった現象も起きています。
まず不思議なのは、自国第一主義の各国の排外的ナショナリスト政治家がグローバルに連携している点です。トランプ大統領をフランスのルペン氏や欧州各国の極右政治家が絶賛しています。自国第一主義者が国際会議みたいなことをやっているのも興味深い現象です。国境を超えた連携を深める排他的ナショナリスト。矛盾している気がしますが、現代版の日独伊三国同盟みたいなものでしょうか。グローバリゼーションが進むと何でもグローバルです。
カリフォルニア大学バークレー校の反トランプ抗議の暴徒化にも驚きました。バークレーといえば、リベラルのメッカのような土地です。リベラルな価値観を持った人間は、言論の自由を尊重するので、トランプ寄りの言論人の集会に反対するのはおかしい気がします。ヴォルテールの有名な言葉に「私はあなたの意見に反対だ。しかし、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」というのがあります。リベラル派はそういう態度をとるのが普通だと思っていました。寛容さを失って暴徒化するリベラル派。不寛容なリベラル派。語義矛盾に近いものを感じます。
とにかくトランプ大統領に抗議する声は世界で広がっています。国境、人種、宗教の壁を超えて、反トランプの動きが広がっています。「反トランプで世界はひとつになる」とは言いませんが、トランプ現象をきっかけに人権や民主主義、自由について真剣に考える人が増えたのかもしれません。
トランプ現象を見て思ったのは、民主主義や人権、自由といったものは、黙っていても自然に天から与えられるものではないということです。努力しないと失われてしまう恐れがあるということを、トランプ大統領はあらためて思い出させてくれました。民主政治や自由、権利といったものに緊張感を与えたという意味で、トランプ大統領の登場は政治の再生のチャンスかもしれません。
東西冷戦期にはソ連という超大国、共産主義という魅力的なイデオロギーが存在し、アメリカや欧州、日本といった西側諸国は緊張感をもって政治に取り組んでいたと思います。資本主義の暴走を抑えて、再分配機能を強化して中間層の分厚い社会をつくったのは、共産主義の脅威のおかげだと思います。戦後の福祉国家の成功は、共産主義の脅威の存在なしには成り立たなかったと思います。戦後の経済成長や平等な社会というのは、共産主義という脅威に直面した政治家や政府が、緊張感をもってがんばったおかげだと思います。
冷戦が終わって共産主義の脅威がなくなってから、資本主義が暴走しだしました。新自由主義とグローバル化で格差が拡大したのも冷戦後です。世界で広がる格差に対し、真剣に取り組もうとしないのは、共産主義に匹敵するような敵がいなくなったせいかもしれません。国家や社会は、ほどよい敵がいないと、緊張感を保てないのかもしれません。
そういう意味では、トランプ大統領や欧州各国で広がる極右勢力は、民主主義や人権、自由に対する脅威です。共産主義に匹敵する脅威かもしれません。脅威が強まり広がっている今だからこそ、民主主義や人権、自由といった価値を再評価して、それを守るために自覚的に行動する必要があります。日本でも選挙のたびに投票率が下がり、政治的無関心が広がっています。トランプ現象という脅威は、もしかすると民主主義を再生するチャンスになるかもしれません。トランプ大統領とゴルフしている場合ではありません。