2022年に読んだ本のベスト10冊

毎年恒例の「今年読んだ本のベスト10冊」をご紹介させていただきます。今年は例年より多めの約230冊(*小説や雑誌などは除く)の本を読みました。そのなかで印象に残ったお薦めの本十冊を厳選しました。

今年一年お世話になった皆さまにこの場をお借りしてお礼申し上げます。良いお年をお迎えください。
 

1位 ニーアル・ファーガソン 2019年 『キッシンジャー 1923-1968 理想主義者1・2』 日経BP社

歴史家のニーアル・ファーガソンによるキッシンジャー伝の前半です(後半はまだ出版されていません)。分厚いですが、読む価値のある本です。せっせとメモを取りながら読みました。キッシンジャーの人生は第二次世界大戦と冷戦の二つの戦争を知るかっこうの教科書です。若い頃は意外とリベラルな平和主義者だったことも驚きです。

*ご参考:2022年7月25日付ブログ「情報機関員キッシンジャーとソフトパワー」

情報機関員キッシンジャーとソフトパワー
国際政治の分野で「ソフトパワー」という言葉が使われるようになったのは、ここ三十年くらいのことでしょうか。国家安全保障会議議長や国防次官補を歴任したハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が「ソフトパワー」という概念を提唱して、一気に世界中...

 

2位 瀧井一博 2022年「大久保利通:『知』を結ぶ指導者」新潮選書

西郷隆盛の陰に隠れて地味な印象の大久保利通ですが、明治日本の基礎をつくったのは大久保利通だと思います。前例のない事態や危機にあたって方向性を明確に定め、私利私欲を捨てて国家・国民のためにグイグイ物事を進めた点で大久保利通は立派です。出身藩の藩主に逆らい、郷土の利益よりも、日本全体の利益を図り、リアリズムに徹した点も政治家としてすばらしいと思います。徳富蘇峰が「最善を得ざれば次善。次善を得ざれば、その次善を」と評した政治姿勢に共感します。

*ご参考:2022年9月29日付ブログ「尊敬する政治家 大久保利通」

尊敬する政治家:大久保利通
書評です。国際日本文化研究センターの瀧井一博教授(国制史、比較法史)の「大久保利通」(2022年、新潮選書)は、大久保利通とその時代を理解する上でお薦めできる良書です。 選挙のたびに報道各社からアンケートが来ますが、そこに「尊敬する...

 

3位 樋口季一郎 2022年 『陸軍中将 樋口季一郎回想録』 啓文社書房

陸軍の情報畑を歩んだ樋口季一郎中将の回顧録です。ロシア語やドイツ語に通じ、ポーランド駐在武官やハルピン特務機関長を務めた樋口中将は、いくつかの戦史に残る戦いを指揮しました。

海軍の意向にふり回されて不本意ながら臨んだアッツ島玉砕戦を指揮し、続いてアッツ島の悲劇を繰り返さないために断行したキスカ島撤退戦を奇跡的に成功させました。終戦直後に不法にもソ連軍が千島列島の占守島に攻撃を仕掛けてきた戦闘では、自衛のための戦闘を命令し、ソ連軍を水際で撃退して「最後の勝利」と呼ばれました。もし占守島の戦闘で敗れていたら、勢いに乗ったソ連軍は北海道まで上陸していたかもしれません。その意味でも重要な戦闘でした。

もっとも興味深いのは、満州でユダヤ難民数千人(一説では2万人)の命を救ったことです。ポーランドやハルピン在勤中にユダヤ人コミュニティと交流があり、差別意識をもたない樋口中将はユダヤ人難民の満州入国を許して命を救いました。あくまで人道的な理由でユダヤ人難民を救い、戦後はイスラエルから顕彰されています。

日本にもこんな立派な軍人がいたことにホッとします。また戦前の満州やポーランド、ドイツの暮らしや文化がよくわかり、その点でもおもしろい本でした。当時の陸軍人事や情報活動の一端も知ることができます。現役の陸軍大尉が身分を偽装して肉体労働者としてシベリアの地方都市で情報収集にあたっていた記述などもおもしろかったです。

 

4位 アレックス・アベラ 2011年「ランド:世界を支配した研究所」文春文庫

シンクタンク設立に関わった私しては、世界でもっとも成功したシンクタンクのひとつのランド研究所(RAND Corporation)はお手本です。専従スタッフ1名の弱小シンクタンクとは比較になりませんが、シンクタンクの歴史を知る上で貴重な本でした。アメリカの強さの背景には知的なインフラがあることがよくわかります。

*ご参考:2022年1月31日付ブログ「ランド:世界を支配した研究所」

「ランド:世界を支配した研究所」
少し前に出た本ですが、たまたま自宅近くの図書館で見つけて、「解説」が尊敬する小谷賢教授だったので、読んでみました。政党シンクタンクの設立を夢見る私にとってはもっと早く読んでおくべき本でした。 本書の「ランド」とはアメリカを代表するシ...

 

5位 川島隆太 2022年 『オンライン脳』 アスコム

デジタルに頼ることの弊害、インターネットやスマホへの依存の怖さが本書を読むとよくわかります。アナログの紙の本やペンでノートを取ることの意義がわかります。脳を劣化させたくなければ、スマホ依存やインターネット依存には気をつけましょう。読みやすくてお薦めです。

 

6位 ダニエル・コーエン 2017年 『経済成長という呪い』 東洋経済新報社

経済成長が当たり前という考えはごく最近広まりました。人類の歴史の大半で、経済が成長しないのが当たり前でした。経済成長を前提とするからおかしくなることもあります。そもそもGDPという指標には、つくった当事者も懸念していた問題点があります。ダニエル・コーエン氏の次の言葉が印象に残りました。

現代社会の逃れられない根源的な問題は、富をこれまでとは別の方法で考察することにある。経済成長率という統計の数値に囚われることよりも、社会が生み出すべき基本的な財について考えをめぐらせることのほうが急務なのだ。すなわち、医療、教育、環境である。それらの財は、統計にはコストとしてしか表れないが、われわれが何としても守るべき最も重要な財なのである。

 

7位 マルクス・ガブリエル 2022年 『わかりあえない他者と生きる』PHP新書

ドイツ人の若き哲学者(最近ちょっと中年になってきましたが)の本は読みやすくて示唆に富んでいます。価値相対主義に陥ることなく、倫理的に生きる指針を与えてくれる良書です。インターネットやSNSで分断された社会を修復するためのヒントがあります。

 

8位 岩池正幸 2021年 『データで知る現代の軍事情勢』 原書房

防衛官僚の岩池正幸氏が書いた本で、データに基づいて軍事情勢を冷静に分析している点がすぐれています。この本を読めば、中国による台湾侵攻がいかに難しいかがわかります。また、オホーツク海の日米同盟軍と極東ロシア軍の戦力の比較がおもしろいです。潜水艦、対潜哨戒機、水上戦闘艦、戦闘機、攻撃機など、ほとんどの項目で3~4倍の差で圧倒的に日米同盟側が有利です。どこかの週刊誌の記事のように「ロシアが攻めてくる」というのは妄想です。

 

9位 船橋洋一 2019年 『シンクタンクとは何か』 中公新書

シンクタンクをスタートしようと努力してきた私にとって指針となる本でした。私が関わるシンクタンクはこの本に出てくる立派なシンクタンクと比べ物にならない弱小シンクタンクですが、それでもお手本として参考になります。

 

10位 エマニュエル・トッド2022年『第三次世界大戦はもう始まっている』文春新書

ロシアのウクライナ侵攻の背景や世界情勢を知る上でユニークな視点を提供してくれる本です。ロシアの内在的論理を知ることが、ウクライナ情勢の今後を占うためにも重要だと思います。読みやすくておもしろい本です。