いつもバランスの取れた政治論・メディア論を語る西田亮介氏(東工大准教授)の対談本の「新プロパガンダ論」のご紹介です。西田氏には「メディアと自民党」「情報武装する政治」などの著書があり、おもしろかった記憶があります。
西田氏の著書は、政治とメディアの関係、ネット世論と政治について考えるには良い本ばかりです。感情やイデオロギーに流されず、冷めた目で政治やメディア、社会を見ていて勉強になります。この「新プロパガンダ論」は、政権や政治家のプロパガンダに騙されない免疫をつける良書です。
西田氏はSNSやインターネットの影響力を過大評価しがちな傾向を指摘します。
2016年のアメリカ大統領選でコンサルタントをしたケンブリッジ・アナリティカのような事例もありますが、やや過大視されすぎな印象です。フェイスブックの技術力や浸透度で可能なのは、投票所へ行くことを促すところまでで、どの候補を選ぶかまでをコントロールできるとは現状ではとても思えません。
現代政治に関心のある人にとっては、ファイスブックの個人情報を大統領選で悪用した「ケンブリッジ・アナリティカ事件」は、ショッキングな出来事でした。しかし、西田氏は「やや過大視されすぎ」と評価します。
人々がSNSをどれだけの依存度で眺めているかも疑問です。とりわけ日本では、各国と比べてインターネットに対する信頼度がかなり低くなっています。ネットを使っているひとの割合は増えていますが、公的な選択を行う参考にしているかは別の問題です。(中略)
単純にフェイスブックの書き込みひとつ、フェイクニュースひとつを取って、それが意思決定に直接影響を及ぼしていると結論するのは非常にむずかしいと思います。
なるほど、と思います。平均的な米国人に比べれば、平均的な日本人の方がメディアリテラシーは高く、陰謀論やフェイクニュースへの耐性があると感じます。ネトウヨ的な人の割合は、ネット上の書き込みの量の比べれば、だいぶ低いと推計されています。
対談相手の辻田真佐憲氏(評論家)との間で次のようなやり取りがあります。
(辻田)情報戦略の当事者が書いている本を読むと、ケンブリッジ・アナリティカにしても、自民党の情報戦略を成功に導いたとされる小口日出彦さんの「情報参謀」(2016年)にしても、自分たちの影響を主張しているものばかりです。ネットの情報戦略の影響力をどれくらい客観的に検証できるかは大きな課題です。
(西田)実務家の場合、選挙で自分が大きな成功をなしたと主張することがつぎの仕事につながりますからね。小口さんの著作の記述は、ぼくが聞くかぎりでも、すこし割り引いて読む必要がありそうです。自民党のキャンペーンをデザインし、成功させてきたというのは実務上、強力なPRになりますしね。
私も小口氏の「情報参謀」は2度読みましたが、西田氏の評価に賛成です。小口氏は商売で自民党の広報を請け負っている人なので、自分の成果を誇大に広報して当然です。もちろん小口氏から学ぶべきテクニックはありますが、おそらくPRコンサルタントがいなくても、当時の政治状況においては自民党は大勝していたでしょう。
辻田氏は次のように言います。
ナチスがプロパガンダによって政権を取ったという話は有名ですが、実はその話自体がプロパガンダなのではないかという指摘もあります。実際、ヒトラーが首相になるときに、ナチスは国会で半数を取れていませんでした。彼が首相になれたのはプロパガンダによって世論を自在に操作したからというより、ヒンデンブルク大統領の側近たちと手を握ったからです。プロパガンダが弾丸のように心を打ち抜くという説は、現在では通用しません。先進的な情報戦略が世論形成に強い影響力を与えているかは疑問です。
なるほど、そういう見方もあるんですね。ナチスのプロパガンダのうまさは伝説の域に達していると思いますが、ひょっとすると単なる神話(幻想)なのかもしれません。プロパガンダの影響力は過大評価されているのかもしれません。
経営学書には「成功者バイアス(生存者バイアス)」という言葉が出てきます。成功した人は、成功体験や成功の秘訣を講演したり、本に書いたりして、大々的に宣伝します。多少の誇張も含まれるでしょう。成功した企業や成功したプロジェクトには、その功労者がたくさんぶら下がってきます。
他方、失敗した人は、講演もしないし(誰も失敗者を講師に招きません)、本も書きません(出版しても売れないでしょう)。多くの失敗者も人生をかけて全力で事業に取りくむものです。成功者と失敗者を分けるのは、運やタイミングも大きいでしょう。成功者以上に工夫して努力したのに失敗した人も多いでしょう。
しかし、成功者だけにスポットが当たり、成功者のノウハウや言葉が広まり、「成功者バイアス」がかかって教訓として学ばれます。小口氏の「情報参謀」やケンブリッジ・アナリティカ事件も「成功者バイアス」を割り引いて評価した方がよいでしょう。
西田氏は立憲民主党の広報にも手厳しいです(自民党にも手厳しいのでフェアです)。
立憲民主党の場合、前身の民主党時代から広告代理店と組んだり、ネットの分析を行ったりしています。ただ、それが選挙に影響を与えているとは言いがたいのは述べたとおりです。近年では元SEALDsのひとたちを積極的に取り込んでいるという話を聞きます。若者については若者がいちばんわかっているので、彼らが広報に携わることで、フォロアーの伸びにインパクトがあるだろうとは思います。ただその情報発信自体は「見てくれはかっこいいけど内容は微妙」という印象です。まず野党に必要なのは情報戦略だけではなく、人々を説得できるような政策や主張だと思います。
厳しいご指摘にも耳を傾けないといけません。「見てくれはかっこいい」は素直によろこぶとして、「人々を説得できるような政策や主張」が不十分という指摘は反省しなくてはいけません。「政策や主張」については広報担当者に罪はなく、党執行部や政務調査会の責任です。私も含めて「人々を説得できるような政策や主張」を打ち出すために全力を尽くしたいと思います。
そして最後の方で西田氏は次のように述べます。
そもそも『民意』という存在自体が曖昧で、多様なものです。ここまで話題の中心になったSNS上の意見だけではなく、経団連や公明党、あるいは医師会などありとあらゆる関連団体が自分たちの利害を主張し、陳情します。そのすべてを受け入れていては、政策が支離滅裂で整合性が取れないものになるのは当然のことです。
したがって、民意に耳を傾けるべきときもありますが、必ずしもそうではないときもあります。言うまでもなく、自由民主主義の社会では自由に民意を発露できることは重要です。しかしわれわれと政府の間には、政策に関する情報格差があります。だからこそ、ときに政治家はわれわれの民意に従うのではなく、自分たちがやるべきだと考えることをわれわれに説得する必要があるのです。
戦前の世論は戦争支持が多数派でした。ヒトラーもムッソリーニも世論の支持率は高かったわけで、ときには民意が誤ることもあります。それに世論は移ろいやすいものです。状況の変化にあわせて、世論が変化するのは当然のことです。世論調査の結果に一喜一憂して、目先の世論調査に受けを狙った政策だけを実行するのでは、長期的に見て国民の利益に反することが多いかもしれません。辻田氏は次のように言います。
振り返れば、第二次安倍政権下の野党は安倍憎しを前面に押し出すばかりで、選挙に負け続けました。与野党ともにSNSに媚びるばかりで、その説得を試みてこなかった問題のツケが、コロナ禍で回ってきたわけです。
辻田氏は明らかにアンチ安倍の論客ですが、それでも「安倍憎し」だけで選挙に臨んできたことは失敗だったと言います。立憲民主党に求められるのは、その時々の表面的な流行を追いかけるのではなく、新自由主義の終えんとコロナ後の社会の再構築といった大きなトレンドを見すえて骨太で説得力のある政策を体系的に打ち出すことだと思います。
*参考文献:辻田真佐憲、西田亮介 2021年『新プロパガンダ論』株式会社ゲンロン