軽減税率は政治家の責任放棄:小峰隆夫「平成の経済」より

旧経済企画庁のはえ抜きのいわゆる「官庁エコノミスト」の小峰隆夫氏(現大正大学教授)の新著「平成の経済」(日本経済新聞出版社)は、かたい本ですが、読むに値する良書です。以前にも小峰氏の本を何冊か読みましたが、正統派の官庁エコノミストなので、偏った感じはありません。主流派経済学者の考えに近いと思います。

小峰氏は、決して「アンチ安倍政権」ではなく、淡々と「平成」の30年の経済政策をふり返り、その中でアベノミクスにも言及します。まず軽減税率のついての記述がおもしろいので引用させていただきます。

軽減税率の導入にはほぼ全ての経済学者が反対している。その最大の理由は「公平性のための政策としては非効率だ」ということである。(中略)確かに低所得者層を補助してはいるのだが、それは高所得者層により大きな補助を行った上で低所得者層を補助しているのだ。いかに非効率的な分配政策であるかが分かる。

更に、どこまでを軽減税率の適用対象にするかという線引きが難しいこと、「軽減税率の対象にしてほしい」というレント・シーキング的な活動が生まれやすくなること、そして、肝心の税収がその分減ってしまうから、財政再建や社会保障制度の安定化への歩みが疎外されてしまうことも経済学者がこれに反対する理由である。普通、経済学者の意見は一致しないのが普通だから、これほど意見が一致するのは珍しいことだ。

ということは、この軽減税率の導入は、専門家が一致して反対している政策を実行しようとしているということになる。「この辺は景色がいいから、一見すると住宅地に適しているように見えますが、地盤が弱いので建てるのは止めたほうがいいですよ」と専門家が忠告しているのに家を建ててしまうようなものだ。

このことは日本の政治が劣化していることを示しているのかもしれない。国民から政策運営の負託を受けた政治家は、単に世論に迎合するのではなく、時には世論を説得して、長期的な道を誤らないようにする責務がある。軽減税率の採用は、政治家がその責任を放棄したように私には見える。(同書283, 284ページ)

まったく同感です。大学生の頃に経済学の授業で「経済学者が10人いたら、11の答えが出てくる」という例え話を聞いた記憶があります。経済学者はなかなか意見が一致しません。アベノミクスの評価では意見が一致しませんが、軽減税率については経済学者で賛成している人は皆無です。

軽減税率は明らかに誤った政策であり、欧州諸国では軽減税率の導入は失敗だったと総括されています(失敗だったけれど撤廃できない厄介なシロモノです)。それでも新聞社が軽減税率に賛成なので、世論とマスコミにおもねって導入しようとしているのが安倍政権です。まさに「政治家がその責務を放棄した」ということだと思います。

さらに小峰氏はアベノミクスの特徴を3つ挙げていますが、これも納得できます。わかりやすいので、箇条書きでご紹介します。

1.視野が短期的

アベノミクス3本の矢のうち、第1の矢の金融緩和、第2の矢の財政出動は、短期的な需要創出を目指したもの。また、消費税の引き上げを2度にわたって延期したのも、今年予定されている消費税引き上げ時の景気落ち込み防止策も、短期的な景気を重視したもの。異次元の金融緩和も2年で2%の物価上昇を目指す短期決戦型の政策だった(実際には6年半たっても未達だが)。

2.国家管理的

国の意志が経済を先導するという姿勢が強い。春闘の賃上げ、3年の育児休業取得等を総理自ら企業に求める姿勢は異例。「新ターゲティング・ポリシー」や国家戦略特区等も国の介入の度合いが強い。国が企業や市場よりも、あるべき企業の姿や将来のリーディング産業を的確に判断できるという前提に基づいており、「パターナリスティック(家父長的)」あるいは「国家管理的」である。市場や企業の判断よりも、官僚の判断が正しいという前提に立っているともいえる。

3.コスト先送り

異次元の金融緩和は、出口で大きなコストを生じさせる可能性が高い。しかし、出口が議論されることはなく、問題が先送りされるだけ。財政出動(公共事業)は、財政赤字の拡大を通じて将来世代のコストとなる。

以上の3つの特徴は、今のところ顕在化していないだけであり、近い将来に経済危機等のかたちで表に出てくると私は思います。アベノミクス後に備えた「ポストアベノミクスの経済復興策」の検討を始めるべきだと思います。

*参考文献:小峰隆夫、2019年『平成の経済』日本経済新聞出版社