毎年恒例ですが、その年読んだ本のベスト10をご紹介させていただきます。無趣味な私の唯一の趣味といってよいのが読書です。本当は小説や歴史の本が大好きですが、仕事に関係のない本はなるべく読まないように心がけています。したがって、日頃読んでいるのは政治や政策に関する本がほとんどです。
10位 マーク・リラ 2018年 『リベラル再生宣言』 早川書房
世界を席巻する排他的ポピュリズムや自国中心主義、台頭する極右勢力。そんな中で寛容で自由な社会、公平で格差の少ない社会をめざすリベラル勢力の復権が必要だと思います。そんな思いで手に取った一冊。
後日談ですが、この本を読んだ直後に、超リベラル派・環境保護派のナオミ・クラインがマーク・リラを激しく批判している本を読み、リベラル派内の分断を知りました。ヒラリー・クリントン支持勢力とサンダース支持勢力の亀裂の深さを知り、アメリカのリベラル再生の難しさを再認識しました。
9位 コンラート・P・リースマン 2017年 『反教養の理論』 法政大学出版局
ドイツやオーストリアなどのドイツ語圏で進む「大学改悪」について書かれた本です。日本の大学改悪と変わらないことがわかります。しかし、物理学博士号を持つメルケル首相の大学政策や科学技術政策の方が、学生時代にろくに勉強していない日本の首相の大学政策や科学技術政策より、だいぶマシという気はします。反知性主義者が政治主導で進める「大学改革」は危ういことが、この本を読むとよくわかります。
8位 竹中治堅編 2017年 『二つの政権交代』 勁草書房
大学院で教えを受けた竹中治堅教授のご著書です。民主党政権と第二次安倍政権の政権交代について学者の視点で書かれたものです。ジャーナリストと学者の視点のちがいが興味深いです。冷静な観察がおもしろく、意外な発見があることでしょう。
7位 諸富徹 2018年 『人口減少時代の都市』 中公新書
人口減少時代の都市のあり方、自然エネルギーの普及、コンパクトシティの成否、空き家・空き地対策など、興味深いポイントが数多く出てきます。来年の参院選公約に盛り込みたい政策が盛りだくさんです。
6位 カレン・アームストロング 2017年 「イスラームの歴史」 中公新書
イスラムの歴史や文化についてとても「フェア」な書かれ方をした本だと思います。私もインドネシアやアフガニスタンに住んでみて初めてわかったことがたくさんありましたが、住む前にこの本を読みたかったです。イスラム教徒とビジネスをしたり、イスラム教国に赴任したりする人だけではなく、イスラム教徒排斥の動きがある欧州諸国(英国、フランス、ドイツ等は人口の5~8%がイスラム教徒)の現在を知るためにも必読書だと思います。
5位 ニーアル・ファーガソン 2018年 『大英帝国の歴史(上・下)』 中央公論新社
人気の歴史家のニーアル・ファーガソンの著書です。スコットランド人による大英帝国の通史。皮肉っぽい見方が随所に見られます。自虐的なユーモア感覚こそ英国的知性だと私は勝手に思っているので、それも含めて英国的でおもしろいです。次の記述を読んで、米国礼賛の歴史教科書の誤りを知りました。
1773年12月16日の「ボストン茶会事件」については、誰もが一度は聞いたことがあるだろう。東インド会社の茶の輸送船ダートマス号などから、342個の箱に入れられた1万ポンド分の茶葉が、ボストン港の濁った海のなかへと投げ捨てられた事件である。多くの人は、これを、茶に対する関税の引き上げに抗議するためのものであったと思い込んでいる。ところが、違うのだ。実際のところ、問題の茶の値段は、かなり低いものになっていた。それまでは、イギリスに入る際に、茶に対して、相応の関税が掛けられていた。ところが、イギリス政府が、東インド会社に対して、割引を与えたところだったので、茶の値段は、それまでよりも安くなっていたのだ。茶は、イギリスから、事実上、無税で積み出され、ボストンに入港する際に、かなり低い額のアメリカの関税を払うことになった。これにより、ニューイングランドにおいて、茶の値段は、それまで以上に安くなっていた。
「茶会」は、怒った消費者が引き起こしたのではないのだ。〔正規輸入の安い茶が入ってくることで〕儲けを失うことを恐れた、ボストンのリッチな密輸業者たちが起こしたのである。当時の人々は、抗議の表向きの理由があまりにも馬鹿げたものであることを、ちゃんと知っていたのだ。
最近の共和党右派の過激な「ティーパーティー」もインチキですが、歴史上の茶会事件もインチキだったようです。アメリカ史のおもしろみを感じます。
4位 ムハマド・ユヌス 2018年 『3つのゼロの世界』 早川書房
グラミン銀行の創業者のムハマド・ユヌス教授の本です。「3つのゼロ」とは、貧困ゼロ、失業ゼロ、CO2排出ゼロのことです。すばらしい世界です。ソーシャル・ビジネス(ユヌス博士の造語)などの具体策が出てきます。
3位 ポール・クルーグマン 2008年 『格差はつくられた』 早川書房
格差が「つくられた」ものであることを論証します。古い本ですが、読みやすく、今でも価値が減じていません。労働組合の衰退が労働分配率の低下と格差拡大につながっている点など、アメリカの格差拡大を招いた政策を検証します。裏を返せば、政治が変われば格差をなくすことも可能であることがわかります。
2位 ルチル・シャルマ 2018年 『シャルマの未来予測:これから成長する国 沈む国』 東洋経済新報社
インド人エコノミストの未来予測の法則です。統計データに基づく、未来を予測するための10の評価基準は、とてもおもしろいです。あまり長期を予測せず、3~5年後を予測している点も評価できます。
ちなみに「1979年以降の世界の住宅バブルの最悪の18事例を調べた結果、不動産投資がGDP比5%に達したときにバブルの崩壊が始まる」そうです。中国の住宅バブルは危うい水準です。米中貿易戦争、中国不動産バブル、金融緩和からの脱出など、2019年の世界経済はかなり不安です。その時に日本はどうなるのか、アベノミクス崩壊後の復興プランはどうあるべきか、今からきちんと考えておく必要があります。
1位 宇沢弘文 2017年 『人間の経済』 新潮新書
私のなかで最近のテーマは「人を中心にした経済政策はどうあるべきか」というものです。宇沢弘文教授の「人間の経済」は、薄くて読みやすいにも関わらず、グサッと心にささる本でした。お薦めです。
大学生や高校生を相手に貢献するときなどはいつも本を読むことを勧めています。ネットやツイッター、SNSばかり見ていたら、情報が偏るし、薄っぺらで断片的な知識しか身に付きません。ひとつのテーマについて整理して書いてある本を最初から最後まで読み通すことが、やはり知識を定着させるためには有効だと思います。
しかし、本屋にいけば嫌韓本や反中本が平積みになっていて、ケントギルバート氏の本のように低俗かつ不正確なヘイト本がベストセラーリストに入っている現状を考えると、単に「本を読め」と勧めるのでは怖い気がします。「こんな本を読むといい」と具体的に書名まで含めて推薦することが必要な時代になってしまいました。とても残念です。
余計なお世話かもしれませんが、私は良い本を人に薦めることを心がけてきました。同僚議員に本を勧めることは少ないですが、熱心に取材に来る新聞記者やインターンの大学生には「この本を読むといいよ」といって本を勧めたり、本を貸したりしてきました。返してくれない記者もいましたが、、、
ちなみに、私は読んだ本の著者名、タイトル、出版社、出版年をメモする習慣があります。もういちど読みたくなった時や引用したい時のための備忘録です。そのメモによると今日現在(12月29日)で今年「読んだ本」は168冊。読みかけの本が2冊あるので、おそらく大晦日までに170冊になるでしょう。なお「読んだ本」の定義は、最初から最後まで読み通した本で(一部だけ読んだ本は含まず)、かつ、雑誌記事や小説などの娯楽本は含みません。だいたい2日に1冊のペースで本を読了していることになります。
このペースで本を買っていたらお金がもたないし、置き場所にも困ります。本の6~7割は国会議事堂内にある国会図書館分館で借りています。どうしても手元に置きたい本だけ購入し、マーカーで線を引きながら読んでいます。国会図書館分館に週に1度のペースで行くので、名前を名乗らなくても司書の方が黙って手続きしてくれるようになりました。
移動中の電車や車のなかで読み、朝1時間早起きして読み、うどん屋さんで注文したものが出てくるまでの待ち時間に読みと、細切れ時間を活用して日々読書に励んでいます。国会内の地下道を本を読みながら歩いている議員がいたらたぶん私です。今どき歩きスマホは多いですが、歩き読書は私か二宮金次郎像くらいかもしれません。
英国労働党の党首だったマイケル・フット氏の言葉に「権力の座にいる人には、本を読む時間がない。しかし、本を読まない人は、権力の座に適さない」というのがあります。とりあえず権力の座にいない今のうちに、たくさん本を読んでおこうと思います。
最後に保阪正康さんが「田中角栄と安倍晋三」(朝日新書、2016年)のなかでこんなことを書かれています。おもしろかったので引用して終わります。
東条もそうなのだが、安倍晋三という人は本を読んで知識を積んだ様子がない人に共通の特徴を持ち合わせているように思える。底が浅い政治家といえるだろう。
私は仕事柄、本を読むほうだろう。また、多くの人と接してきた。そのため、対話しているとわかるのだが、本を読まない人には三つの特徴があるように思う。
一つが形容詞や形容句を多用すること。二つ目が「侵略に定義がない」という風に物事を断定し、その理由や結論に至ったプロセスを説明しないこと。もう一つはどんな話をしても5分以上持たないこと。それ以上は言葉を換えて同じことを繰り返す。知識の吸収が耳学問だから深みに欠ける。さらにあえてもう一点つけ加えるなら、自らの話に権威を持たせるために、すぐに自らの地位や肩書を誇示する。
東条はこうした点をすべて身に着けている。だから弱みを見せまいと恫喝するわけである。安倍首相にもこのような傾向があるように思う。それが序章でも指摘したとおり、この社会から真摯な討議の気風が薄れていく因にもなったのではないか。これは誤解であればそれに越したことはないのだが、安倍首相はきちんと本を読んでいないのではないか。あるいは物事を深く考えていないのではないか。さまざまな発言は単なる付け焼刃ではないか。それが私の安倍に対する見方である。
つまり、安倍の国会答弁を見ていると、戦前の軍人が国会で答弁している姿によく似ていると思う。言葉として表すと「形容詞の多用」「立論不足」「耳学問」の三大特徴ということになる。あるジャーナリストが「意味不明の安倍語」と言ったが、それがあたっているようにも思う。
*過去2年分の「今年読んだ本のベスト10」バックナンバーです。