安倍政権の反知性主義を読み解く本: 佐藤優 「知性とは何か」

安倍政権に対しては「反知性主義」との批判があります。トランプ現象のように移民やイスラム教徒への排斥も、「反知性主義」の表れとされることもあります。では、具体的に「反知性主義」とは何か、そもそも「知性」とは何かを知るのに良い本が、佐藤優氏の著書「知性とは何か」です。

佐藤さんは、私がとても尊敬する作家で、外交の専門家です。信じられないくらいの読書量で博覧強記。恐るべき教養人です。ロシア語をはじめ外国語能力が高く、それでいて「地アタマ」の良さ、世渡りのテクニック的な賢さもあわせ持つ稀有な人材です。

*ご参考まで:http://www.kou1.info/profile/recommend

佐藤優さんの「知性とは何か」から、安倍政権の反知性主義を考えるヒントをとり上げていきます。

*ご参考: 佐藤優 2015年 『知性とは何か』 祥伝社新書

まずは「反知性主義」の定義です。

反知性主義とは、実証性と客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度を指す。

アメリカでもヨーロッパでも政治家による不誠実なデマや侮辱的な発言がツイッターやフェイスブックで流され、それが世論に大きな影響を与えていることが問題視されています。イギリスのEU離脱の国民投票前のキャンペーンも不正確な情報が世論に大きく影響し、トランプ氏の大統領選中の発言のかなりの部分がデマであることが検証されています。

オックスフォード辞典が選ぶ2016年の「今年の単語」は、「post-truth」(ポスト真理)だそうです。「post-truth」とは、「世論形成において、客観的事実が、感情や個人的信念に訴えるものより影響力を持たない状況」と定義されています。EU離脱もトランプ現象も「post-truth」時代の象徴です。反知性主義がはびこる時代の政治は、「post-truth」的な政治ともいえます。

そして、反知性主義について考える必要がある理由は、次のとおりです。

反知性主義者が権力を掌握した場合、大多数の国民に不幸をもたらす(中略)
日本の政治が急速に反知性主義化している。

 

注意しなくてはいけないのは、次の点です。

反知性主義と学歴の間には何ら関係がないことだ

トランプ氏も名門大学出身で高学歴です。

怖いのは、意図して反知性主義に走り、強引に物事を進める傾向がある点です。

政治エリートたちは、知性に基づいた客観性、実証性に拘束されない「物語」を用いたほうが自己の権力基盤の拡大に資するという認識を抱いた場合、反知性主義的傾向を示すことが少なくない。反知性主義は、「とにかく気合いを入れて問題を解決する」という決断主義に結びつきやすい。

安倍政権のカジノ法案の強引な審議、辺野古移設問題での強硬な態度等を見ていると、「気合い」で問題を強引に解決しようとする姿勢が目につきます。とにかく数の力で押し切ろうという態度は、言論の府である国会において知的な態度とは言えません。しかし、そういうやり方は、目先の権力闘争においては有効であり、合理的といえるかもしれあせん。

近現代史と反知性主義の関係について述べます。

近現代の歴史は反知性主義と相性がいい。民族の数だけ歴史があるということを皮膚感覚で理解しなければならない。自らが所属する民族の歴史を相対化することによって、他者の内在的論理を理解できるようになる。平たい言葉で言い換えると、「他人の気持ちになって考えることができる」ようになることが、反知性主義克服の第一歩なのである。

異なる意見を持つ他者との公共的対話を軽視し、独りよがりな「決断」を重視する姿勢が安倍政権には顕著だ。それだから、首相や閣僚の靖国参拝問題や慰安婦問題に関する海外からの批判の深刻さを、安倍政権は等身大で認識できない。

歴史認識問題でも安倍政権は失敗を繰り返してきました。たとえば、麻生副総理は「ナチスの手口に学べ」という趣旨の発言をして国際社会で恥をさらし、日本の国際的イメージを悪化させました。麻生発言を擁護した橋下徹氏も、高学歴の反知性主義者の典型といえるでしょう。

反知性主義者はやっかいです。

反知性主義に対抗することは、実に難しい。知的な言語は、反知性主義者に通じない。なぜなら、反知性主義者が知性自体を憎んでいるからである。

そのため

反知性主義者を啓蒙によって、転向させるという戦略は、ほとんど無意味だ。知性の力によって、反知性主義を包囲していくというのが、筆者が考える現実的な方策である。

と佐藤氏はいいます。

言葉の力によって、反知性主義者を包囲し、少なくとも、その影響が政治に及ばないようにすることだ。もちろん反知性主義者も言葉を用いる。ただし、その言葉は軽いのである。

2014年の衆院選に関し、

今回の総選挙で、自民党の反知性主義的性格が顕著に表れたのが、アベノミクスに関する「この道しかない」というスローガンだ。

1988年にソ連共産党は「この道しかない」というスローガンを掲げて、ゴルバチョフソ連共産党書記長のペレストロイカ路線推進を訴えたそうです。このスローガンを掲げたころからソ連はおかしくなり、3年後にソ連国家は崩壊しました。「この道しかない」と気合いで乗り切ろうとする反知性主義的な態度が、ソ連崩壊を招いたとしたら、次は安倍政権の番かもしれません。

排外主義者に関しては、

ヘイトスピーチに代表される反知性主義的な排外主義は、日本に固有の現象ではない。実践的観点からするならば、近未来の日本において、コストをかけずに成果をもたらす道具として、排外主義は一部の政治エリートを惹きつけることになる。

佐藤さんは「近未来の日本」と言いますが、すでに一部の政治エリートは排外主義を利用しています。何の努力も必要なく、安易に支持を調達する手段として、排外主義は便利です。知性のかけらでもある人にとっては「禁じ手」ですが、反知性主義者にとっては使いやすいツールになります。

今のところ日本では本格的な極右政党が力を持つことはありませんが、それは自民党の安倍氏周辺に極右政党的志向の人たちが集まっているからに他なりません。欧州で台頭する極右政党が日本で生まれないのは、小選挙区制度と安倍総理のおかげといえるかもしれません。本来なら極右政党の支持に回るような人たちが、安倍総理を支持しているのが実情だと思います。

民族浄化が懸念される内戦中の南スーダンに派遣する自衛隊PKO部隊に「駆けつけ警護」をさせるのも、「アフリカで、気合い入れて日本男児の根性、見せてこいや」的な反知性主義の発露だと思います。政府軍との戦闘に巻き込まれかねない状況の南スーダンに自衛隊を送るべきではありませんが、客観的事実や冷静な戦略は語られることなく、なし崩し的に物事が進んでいます。

反知性主義の安倍政権の暴走を止めるには、国会でもっと知的な議論をして、言葉の力で抑え込んでいかなくてはいけません。いまの民進党が、その役割を十分に果たしているようには見えません。目先のテレビ写りばかリ気にしたメディア戦略に力を入れるよりも、健全な政治哲学に基づく体系的な政策パッケージを示すことに力を入れるべきです。民進党も内部から改革して、政策立案や発信の仕方を改善しなくてはいけないと思います。早く現職議員に復帰して、民進党を内部から変革したいと思います。