最近出た「世襲格差社会」という本が、とてもおもしろいです。著者の橘木氏は早くから格差問題を研究してきた経済学者です。今回は「世襲格差」に光をあてています。いまの政治を考える上で興味深い視点です。
*橘木俊詔、参鍋篤司 2016年 『世襲格差社会』 中公新書
いまや世襲格差は世界的現象です。世界的ブームとなった「21世紀の資本論」の著者のトマ・ピケティ氏も「世襲資本主義」を指摘しています。世代間で受け継がれる資産の格差がさらに拡大しています。貧富の格差が世代を超えて受け継がれる社会は、流動性の低い社会であり、貧困層にとっては希望の持てない社会です。世代間格差が大きな社会は、望ましい社会ではなく、長期的には経済成長の足を引っ張ります。
政治の世界も「世襲格差社会」です。特に自民党の国会議員には世襲が多く、かつ、世襲議員の方が出世します。世襲議員は若くして当選し、盤石の地盤により連続当選できるため、当選回数が重視される永田町では出世しやすくなります。
安倍総理はお祖父さんの代から3代続けて衆議院議員であり、かつ首相の孫です。麻生元総理・財務相、谷垣幹事長、岸田外相、塩崎厚労相、甘利元大臣など、数え上げたらきりがないほど、安倍政権の中枢は世襲議員の比率が高いです。
一方、民進党は、世襲議員が比較的少ないです。岡田代表も枝野幹事長も世襲ではありません。民進党にも世襲議員はいますが、自民党の世襲議員の多さとは比べものになりません。
世襲率の高い職業は医者だそうです。医学部の学生の親の過半数は医者だそうです。医学部で学ぶにはお金がかかります。学習塾や家庭教師にかかる費用、中高一貫の私学に通う費用、6年間の大学生活にかかる費用など、いろいろかかります。実習や機材にもお金がかかるので、医学部の授業料は高いです。私立大学の医学部の6年間の授業料は5000万円を超えるそうです。高給取りの医者の家庭なら、高額の教育費負担にも耐えられます。しかし、普通のサラリーマン家庭の子どもは、経済的理由からなかなか医学部に進学できません。そこまでして子どもに医者を継がせる背景としては、医師の平均所得の高さがあげられます。もちろん「人の命を救いたい」という思いから医者を継がせたいと考える人も一定数いるでしょうが、社会的ステータスや所得という要素を抜きにしては、医者の世襲率の高さを説明できません。
一般論として「所得の高い職種ほど、親が子に継がせたがり、子どもも親の後を継ぎたがる」という傾向が見られるようです。医者の世襲はその典型というわけです。
一方、例外は伝統的な産業だそうです。伝統的な産業(職人さんの世界)は、平均所得が低いにもかかわらず、世襲で何代も続くことも多いです。ある意味で伝統産業における「良い世襲」が、日本の伝統文化を守っているという実態もあるようです。伝統的な産業では技術革新で生産性が飛躍的に伸びることはありません。伝統的な製法を守っていれば、いまの職人さんも100年前の職人さんも一人当たりの生産性はほとんど変わりません。100年前よりも生産性が格段に向上している自動車産業とは大違いです。そういう意味では政府の助成が必要なのは、むしろ伝統を守る産業であり、輸出産業ではないかもしれません。
しかし、政治の世界では「悪い世襲」という側面が大きいと著者は論じます。世襲議員が多いことのデメリットとしては、政治を志すさまざまな人が議員になる機会を奪い、参入障壁を高くする点や、議員にふさわしい能力と意欲を持たないにもかかわらず、世襲によって議員になってしまう点があげられます。
著者は次のように言います;
東京で教育を受け育ち、学校を卒業したのちも富裕な人々に囲まれ、そして地盤を引き継ぎ、優雅に暮らすことになる。そうした暮らしを続けていくうちに、世の経済格差、地方と東京の格差などについて、鈍感になっていく。
さらに世襲議員の存在は、一般の国民が議員となるのを妨げている側面もある。非世襲議員は、一度落選してしまうと、その後の生活が成り立ちにくい。日本の大企業ではとくに、まだまだ雇用の流動性が低く、選挙に出場するのはかなり大きなリスクをともなう。(中略)
「普通」の人が、国民の代表たる議員になることは、非常に困難な状況であると言ってよいだろう。世襲議員の存在感が増すことは、その結果、世襲議員自体の質が問題となるだけでなく、「非」世襲議員の質を低めてしまうことにつながり、こうした弊害の方がむしろ大きいと言わざるを得ない。
世襲議員の多くは、子ども時代を東京で過ごします。安倍総理も山口県出身といいながら、東京の成蹊小学校、成蹊中学校、成蹊高等学校、成蹊大学という、典型的な東京山の手のお坊ちゃん育ちです。山口県の強固な地盤を親から引き継ぎ、落選の恐怖を味わうこともなく、ノーリスクで悠々と当選を重ねてきているわけです。多くの有力な世襲議員が似たようなものです。
かつて知り合いの政治評論家が「自民党では総理の息子・娘は3階級特進、大臣の息子・娘は2階級特進」と言っていました。永田町では当選回数が重要です。当選1回では無役で、当選2回で大臣政務官、当選3回で副大臣や部会長、当選4回で常任委員長、当選5回から大臣適齢期といった相場観があります。「総理の息子・娘は3階級特進」というのは、総理の子どもだと当選回数プラス3回分の特別扱いされるという意味です。先代にお世話になったベテラン議員たちが、2世・3世議員を特別扱いして大事に育てます。世襲議員だと初当選でも地盤が強固で余裕があり、政治資金も集まりやすく、人脈も親から引き継げます。世襲議員が圧倒的に有利なことは間違いありません。
世襲議員の多くは、東京育ちで地方の実情も知らず、裕福な家庭の子どもが集まる私学のエスカレーター式の学校に通い、貧困や差別といった世の中の不条理を肌で感じることなく、楽々と当選して政治家になります。安倍政権下で弱者への思いやりに欠け、格差に鈍感な政治が行われているのも、自民党政治家に多い「世襲格差」が背景にあると思います。
民進党としては、「世襲格差」を当然視する自民党と差別化するため、選挙区の世襲を禁止する党の内規を積極的にPRしたらよいと思います。もし国会議員の息子や娘が国会議員になりたいと思ったら、親の選挙区以外から立候補すればよいだけのことです。格差是正に向けた取り組みとして、まずは足元の政治の世界から「世襲格差」を取り除くのは重要だと思います。民進党が自民党に差別化できるポイントのひとつだと思います。