「所得連動型奨学金」で在学中の大学無償化を!

本日(2025年1月22日)日本経済新聞(33面)の「私見卓見」に私の投稿が掲載され、大学生向けの「所得連動型奨学金」について提言をしました。しかし、新聞紙面では字数の制約もあって十分に説明できなかった点を加え、本ブログであらためて所得連動型奨学金制度のメリットや制度設計についてご説明させていただきます。

——————————————–

教育の無償化をめぐる議論のなかでも、大学無償化はとくに重要です。大学教育の無償化は、1979年批准の国際人権規約(社会権規約13条「高等教育は、すべての適当な方法により、特に無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとする。」)で義務付けられています。

心情的には私も大学無償化に賛成です。お金に余裕があれば、大学無償化にも賛成したい気持ちです。しかし、以下の理由により単純な大学無償化は現実的ではありません。

第一に、世論調査によると大学無償化を支持する国民は3分の1ほどに過ぎません。ほぼすべての子どもが対象となる就学前教育(幼稚園、保育園)や高校の無償化は、多くの国民が支持しています。しかし、日本では「大学の教育費は親が負担すべき」という考え方が根強く、残念ながら大学無償化への世論の後押しはあまり期待できません。

第二に、日本の財政状況を考えると大学無償化にかかる莫大な予算の確保は容易ではありません。北欧諸国やドイツ、フランスでは大学の授業料は無償(またはきわめて廉価)であり、一部の国では在学中の生活費まで支給します。しかし、これらの国々は福祉国家として知られ、高福祉を実現するため、国民は高負担を受け入れています。日本では「税負担が重い」と感じる国民が多いことは事実で、「痛税感」が強いことが知られています。受益を実感しにくいので、「税金が高い」と感じやすいのかもしれません。しかし、単純にデータを国際比較すると、日本は必ずしも高負担ではありません。高福祉高負担の国であれば、大学無償化は実現可能です。しかし、日本のように高負担でもない国が、高福祉をめざせば、国の借金は増える一方です。大学無償化と増税や歳出削減をセットで提案するのは合理的であり、ひとつの考え方です。しかし、国民負担を増やすことなく、単純な大学無償化が実現できると訴えるのは無責任な態度です。

第三に、大学無償化は高所得家庭の子どもほど利益を受けやすいため、「逆進性」の問題もあります。高所得家庭の子どもほど高学歴の傾向があり、国民から広く集めた税金が高所得家庭の子どもに重点的に投じられる可能性が高くなります。1980年代までの英国では、大衆の税負担で上流階級の子弟が大学に無償で通うという現象が見られ、逆進性の点で問題視されていました。高所得者の所得税の累進性を大幅に高めた上で大学を無償化するのはひとつの合理的な政策ですが、おそらく実現は難しいでしょう。

そこで私が提案するのは「所得連動型奨学金」です。オーストラリアや英国ではすでに導入されています。英国で行われた実証研究によると、①大学進学率の向上、②所得階層間の進学格差の是正、③教育の質を支える学生一人当たり大学予算、の3つの指標において改善が見られました。すべての子どもが大学教育を受けられる環境を整えるには、「所得連動型奨学金」の導入による「在学中の大学無償化」が現実的です。

所得連動型奨学金は、卒業後に所得に応じて返済する仕組みです。いわば「授業料の後払い」制度です。授業料に加えて希望者には生活費も支給する制度にすべきです。

所得連動型奨学金は、親の所得を基準とせず希望者全員を対象とします。また学業成績を支給の条件にすると貧困家庭の子どもが排除される可能性が高いため、成績は条件にはしません。卒業後の所得が一定額(たとえば500万円)を超えるまで返済する必要はなく、一定額を超えると返済義務が生じる制度とします。

マイナンバー制度の普及で所得捕捉が容易になれば、保証人も不要となり、また困窮している人に返済を強いることはありません。借金への不安から進学をあきらめる人が多いため、不安を減らすために無利子とします(ちなみに英国の所得連動型奨学金も無利子です)。そして返済が終わらなくても、卒業後40年で借金を帳消しにします。卒業後40年もたてば、自分の老後資金が心配になりますし、退職後まで奨学金を返済し続けるのはあまりに酷です。

このような制度にすると、利子補給や借金帳消しに一定の財政負担は生じますが、全面的な大学無償化より大幅に少ない負担で実現できます。また、現行の住民税非課税世帯向け給付型奨学金(高等教育修業支援)の一部も削減できるため、それも財源の一部にできます。

さらに現行の教育資金の贈与特例(子や孫1人あたり1500万円)は、富裕層ほど有利な税制であり、世代を超えた格差の固定化を招きます。そのため教育資金の贈与特例は廃止し、税収増を所得連動型奨学金の財源の一部とすることが望ましいでしょう。

東京大学をはじめ国立大学の授業料値上げが話題になっていますが、たとえ大学が授業料を値上げしても、将来返済できる見込みがある(あるいは返済できなくても借金が帳消しになる)と学生が考えるようになれば、大学進学の妨げになることは少ないでしょう。

所得連動型奨学金は、公費投入を抑えながら、すべての子どもの大学進学の希望を叶えられる制度であり、親の所得格差を子どもの教育格差につなげないための政策です。

国全体のマクロの視点に立てば、大学教育は労働者の生産性を高め社会に貢献する人材を育てるため、社会的収益率の高い公共投資といえます。

他方で、大卒者の平均所得が高卒者の平均所得よりも高いことを考えると、全額税負担の大学無償化は大学に進学しなかった人にとって不公平です。大学教育のおかげで相応の所得を得た大卒者に一定の財政負担を求めることは、大学で学ばなかった人との公平性の観点からも正当化されるでしょう。

また少子化の原因のひとつが教育費負担の重さであることを考えれば、所得連動型奨学金は少子化対策にも効果があるでしょう。「本当は二人目の子どもがほしいけれど、大学進学までの教育費負担を考えると、一人しか育てられない」といったケースが多いといわれますが、大学が無償化されれば、二人目、三人目を産もうというご家庭も増えるでしょう。

さらに親にとっては、子どもの教育費負担が軽減されれば、自らの老後資金の貯蓄に回せるため老後の安心にもつながります。

所得連動型奨学金は、公的負担をさほど増やすことなく、在学中の大学無償化を実現できます。教育格差の是正、大学進学率の向上、大学教育の質の向上が期待でき、社会的公平性と経済的効率性を両立できる優れた政策といえるでしょう。