2024年に読んだ本のベスト10

毎年恒例の「今年読んだ本のベスト10冊」をご紹介させていただきます。お読みいただければ幸いです。

今年一年お世話になった皆さまにこの場をお借りしてお礼申し上げます。良いお年をお迎えください。

1.ガイア・ヴィンス 2023年『気候崩壊後の人類大移動』河出書房新社
気候変動の結果として数億人規模の移民(気候難民)の発生を予測し、その厳しい状況への対応策を大胆に提言した本です。経済でも環境でも農業でもあらゆる将来予測は気候変動の要素を組み入れるべきですが、その際に参考になると思います。
たとえば、熱帯地方の大都市は、熱波(高温と多湿)により人が住めなくなる可能性も指摘しています。そう考えると2075年にナイジェリアが世界の五大経済大国入りするといった予想はありえない気がします。日本も何百万どころか何千万人単位の気候難民受け入れを要請される可能性があり、結果的に人口減少や過疎地振興の解決策になるかもしれません。
多少アラの目立つ本でおかしいと思う箇所もありますが、最悪の事態に備えるためには、有意義な本だと思います。この本を読んで気候難民政策を研究し、提言したいと思いました。

2.スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット2024年『少数派の横暴』新潮社
スティーブン・レビツキーとダニエル・ジブラットには『民主主義の死に方』(2018年、新潮社)という名著もありますが、この本「少数派の横暴」もおもしろかったです。
なぜアメリカ政治で少数派の支配が成り立つかを歴史的背景と制度に基づいて説明し、トランプが大統領になった理由がよくわかる本です。大統領選挙人制度の成り立ちや無意味さがよくわかりました。最後に「少数派の横暴」を防ぐ提案がありますが、アメリカ特有のものも多く、日本の政治制度はアメリカよりはマシという気になりました。少なくともトランプみたいな首相は今のところ出ていません。少数派の横暴を防ぐ方法を考えることは有益だと思います。

3.ベン・アンセル 2024年『政治はなぜ失敗するのか』飛鳥新社
世界で広がるポピュリズム政治とリベラルデモクラシーの危機に関し、「なぜ政治は失敗するのか」を考察し、リベラルデモクラシーを回復する方法を述べた本です。感銘を受けた個所を引用します。

世界のポピュリスト政治家を見ていると「選挙に勝てば何をしても許される」と勘違いしているように思えてなりません。そういった文脈で;

民主主義の罠から逃れるには、選挙の勝者に望むものをすべて与えないような制度や規範によって民主主義を飼い慣らす必要がある。人民の統治は、まったく制約のないものではあり得ない。実際、民主主義を機能させるには、民主主義を制約する必要がある。そのための規範や制度は、民主主義の罠によるカオスや分断を防ぎ、政治の失敗をくい止めるのに役立つ。

高学歴化と高失業率が同時に進行すると、ポピュリズム政治が蔓延する土壌ができてしまいます;

経済が大卒者を吸収する能力には限界がある。学位取得者が(高価な費用をかけて習得した)スキルをほとんど活かせない仕事に就いてしまうこともある。こうした「ミスマッチ」な卒業生は、民主主義や経済、生活全般への満足度が低く、政治家に対しても不信感を抱いており、同じ大学を卒業した仲間で適職に就いた者たちよりも、過激な右派政党に投票する可能性が高い。

4.ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン 2023年 『技術革新と不平等の1000年史(上・下)』 早川書房
今年のノーベル経済学賞を受賞した著者による本です。AIやロボットの導入による技術的失業の懸念が議論されていますが、これまでの技術革新と不平等の歴史を振り返り、技術革新を庶民の幸福につなげる方策を考える本です。歴史をふり返ると、放っておくと技術革新は、不平等を拡大することがわかっています。政府が一定の介入を行い、独占・寡占を防いだり、労働者の権利を守ったり、再分配機能を発揮しなければ、技術革新が労働者の生活向上につながりません。テック企業の好き勝手を許していたら、不平等が拡大するだけです。

5.ジョン・ルイス・ギャディス 2002年 『ロング・ピース:冷戦史の証言「核・緊張・平和」』 芦書房
ウクライナ戦争が続き、プーチン大統領による核の脅しもあり、核戦争の危機が迫っている今こそ、冷戦をふり返って平和を守る方法を考えるタイミングです。米ソが冷戦を熱戦にしなかった手法を学ぶ必要があります。冷戦を「Long Peace」と捉え、再評価した本です。

*ご参考:2024年12月10日付ブログ「今こそ冷戦をふり返る」

今こそ冷戦をふり返る:ジョン・ルイス・ギャディス著「ロング・ピース」
ウクライナ戦争をめぐりロシアのプーチン大統領による核兵器の使用が懸念され、すでに「第三次世界大戦」が始まっているとの声もあります。核戦争や第三次世界大戦を防ぐため、今こそ歴史に学ぶときです。そんな問題意識から古い本ですが、ジョン・ル...

6.デイヴィッド・スタサヴェージ 2023年 『民主主義の人類史』 みすず書房
この本を読むと民主主義は西欧の専売特許ではなく、世界各地で民主主義の萌芽が見られたことがわかります。農耕が始まって専制政治が始まったといえるかもしれませんが、狩猟採集の社会は民主的に運営されている事例が多くみられます。遊牧社会も部族長が集まる会議で大事なことを決めたり、部族の会議では全員参加で議論したり、という伝統が世界各地で見られます。モンゴル帝国もハーンを選出する時に部族会議を開いていますが、移動性の高い社会ほど合議制が多いことがこの本を読むとわかります。遊牧社会は「嫌なら出ていく」ことが比較的容易なので、世襲の専制君主は出にくく、その代わり実力があるリーダーが出て集団をまとめる例が多いようです。遊牧社会のリーダーは皆の意見を聞くことが求められ、民主的な意思決定を行う土壌があります。
西欧諸国の原型になったゲルマン社会も遊牧社会であり、合議制の伝統があります。合議制の伝統とローマ帝国の法の支配の感覚が合わさって、西欧社会のリベラルデモクラシーが生まれたのかもしれません。そういう長い時間軸で民主主義を考えるには良い本です。読み物としておもしろいです。

7.五百旗頭真 2016年 『大災害の時代-未来の国難に備えて』 毎日新聞出版
五百旗頭先生は兵庫県出身で神戸大学教授時代に阪神淡路大震災に被災し、自宅全壊の被害を受け、ゼミの教え子を亡くすという悲しい震災体験をお持ちです。その五百旗頭先生が、関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災の日本の三大災害を比較しながら歴史的に振り返る興味深い名著でした。

*ご参考:2024年9月25日付ブログ「三大震災の政府対応への五百旗頭真氏の評価」

三大震災の政府対応への五百旗頭真氏の評価
政治学者(かつ歴史学者)で防衛大学長などを歴任し、最近お亡くなりになった五百旗頭真先生の「大災害の時代」を読みました。関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災の日本の三大災害を比較しながら歴史的に振り返る興味深い名著でした。五百旗頭...

8.ヤシャ・モンク 2019年 『民主主義を救え』 岩波書店
ヤシャ・モンクは、リベラルデモクラシーが安定的に存続する3つの条件を挙げます。
(1)多くの市民が生活水準の改善を経験していること(公平な分配)。
(2)国民国家における構成メンバーが平等であること(少数派の権利の尊重)。
(3)インターネットとソーシャルメディアの悪影響を最小化すること。
わずか3つの条件のなかに「インターネットとソーシャルメディアの悪影響」が入っていることに驚きます。ソーシャルメディアの害悪を中和することが、リベラルデモクラシーを守るための必須の条件という点は全く同感です。

9.山口二郎 2023年 『民主主義へのオデッセイ』 岩波書店
お世話になっている山口二郎先生の現実政治へのコミットメントをふり返る本です。政治学者がここまで現実政治に関わっている例はそれほど多くないと思います。現代政治(とくに民主党政権の前後)の裏側がよくわかり、興味深い現代史の本といえます。今の政治を考えるにあたって、失われた30年の歴史をふり返るのは有益だと思います。

10.スラヴォイ・ジジェク 2024年 『戦時から目覚めよ』 NHK出版新書
スラヴォイ・ジジェク氏はスロベニア人の哲学者ですが、モノを見る角度がおもしろいです。心に残った言葉を引用します。

いかなる犠牲を払ってもロシア嫌悪を避け、ロシア国内でウクライナ侵攻に抗議する国民をできうる限り支援しなければならない。

⇒まったく同感です。ロシア人全体が悪いわけではなく、プーチンやその周辺の支持者が問題です。ロシアにおけるプーチンの支持率が高いのは事実かもしれませんが、報道の自由がない社会で独裁者の支持率が高いのは不思議でもなんでもありません。戦場で消耗品のように殺されているロシア兵は犠牲者だと思います。ロシア人全体を嫌悪するよりも、プーチンの政治判断を批判することが大切です。

愛国者、つまり自国を心から愛する人物とは、自国がひどい行いをしたときにそれを心から恥じる者のことを言う。「正しかろうが、間違っていようが、私の国だ」という考え方ほど恥ずべきものはない。

⇒まったくです。自国の過去の過ちを認められるのは、強さだと思います。恥を知ることは、名誉ある行為だと思います。