たまたまニュースで英国議会の下院の外務委員会のインド太平洋地域に関する報告書が報道されていたので、インターネットでアクセスして読んでみました。全般的な論調としては英国のインド太平洋地域へのコミットメントを強化すべきという報告書です。EU離脱後の英国外交の方向性を模索する動きのひとつと言えます。
2023年7月18日に発行された報告書でタイトルは「Tilting horizons: the Integrated Review and the Indo-Pacific」です。正しい訳はわかりませんが、「インド太平洋地域に傾斜する地平の総合評価」という感じでしょうか?
英国議会のよいところは、こういう報告書が超党派で議論されて発表される点です。党派的な利害を超えて、英国の国益を議論している点が立派です。日本の衆議院で同じような報告書を出せるかと言えば疑問です。外交に関しては党利党略を離れオールジャパンの観点から議論することが大事だと言われますが、イデオロギー的に妥協しない政党もあり、日本では難しいでしょう。しかし、政権交代を前提とする民主国家においては、外交政策の一貫性を保つために超党派的な合意を重視することが大切です。英国ではときどき政権交代が起こるので、そういう雰囲気があるのでしょう。
また議会としての統一的な見解があれば、政権(外務省や国防省)も軽視できません。議会として政府(行政)をチェックするという視点からも、こうした議会による超党派的な報告書や政策提言は重要です。健全な議会制民主主義がいまでも生きている証拠かもしれません(ボリス・ジョンソン首相のような人もいましたが、それでも健全さが残っているといえるかもしれません)。
報告書の提言で日本に関係する重要なポイントは以下の3つです。
(1)AUKUS(米国、英国、豪州)の枠組みに日本と韓国を加えるべき。
(2)QUAD(日本、米国、豪州、インド)の枠組みに英国も参加すべき。
(3)特に日本、台湾、インドネシアの3カ国との協力を強化すべき。
第一の「AUKUSに日本を加える」というのは容易に想像できます。しかし、韓国も加えようという点は、日本では意外性をもって受け入れられるかもしれません。客観的に見れば、韓国の国力(経済力、技術力、軍事力)はすでにG7に参加できるレベルなので、英国が韓国を重視するのは当然です。その点を日本人も認識すべきかもしれません。
報告書中に「Japan is keen to join AUKUS.」という記述がありましたが、勉強不足で日本政府がAUKUSに入りたがっているというのは知りませんでした。そういうことを外務省や防衛省はきちんと説明しているのでしょうか。英国議会の報告書でその事実を知るというのは残念です。
第二の「QUADに英国が参加する」というのは日本にとっては歓迎すべき提言です。インドが理解を示せば実現可能だと思います。旧英領の豪州、マレーシア、シンガポールなどと英国の間には今でも特別な関係があり、軍事的な協力関係も維持しています。英国のQUAD参加は難しくないと思います。しかし、5カ国になったら「QUAD」じゃなくなるので、何と呼ぶのでしょうか? その点は興味があります。
第三の「日本、台湾、インドネシアを重視すべき」に関し、日本はアジアの大国なので当然だし、台湾海峡情勢を踏まえれば台湾も理解できます。ちょっと意外に感じたのは、インドネシアの重要性です。インドネシアの人口や経済発展、国土の広さ地理的重要性を考えれば、「なるほど」と思います。インドネシアはASEANを主導する地域大国です。インドネシアは民主主義が定着しつつある国でもあり、考えてみれば重視して当然かもしれません。さすが英国は戦略的思考のセンスが抜群です。
同報告書は、英国が、ASEANを重視し、アジア地域への投資を拡大し、海軍のプレゼンスも強化することを提言しています。これらは何ら新しいことではないが、このトレンドをさらに拡大すべきと主張します。
また同報告書は「政府にはインド太平洋地域に関して長期の明確な目標がない」と批判します。もっとも英国外交の伝統には「明文化しないけれど暗黙の戦略」みたいなものがあるように感じるので、必ずしも批判はあたらないようにも思います。
ちょっとおもしろいと思ったのは、「Euro-Atlantic」という表現です。ふだんはあまり英語に接する機会がないので、恥ずかしながら初めて見た表現です。「Indo-Pacific」はすっかり定着しましたが、欧州人からすれば「Euro-Atlantic」は不自然ではないのでしょう。本報告書では「英国にとって最も重要な安全保障上のフォーカスはEuro-Atlanticにある」と書いてありました。そりゃそうですね。
もうひとつおもしろいと思ったのは、外交官の外国語能力です。英国の外交官なので、英語はみんなネイティブです。しかし、世界中の人が英語を勉強するからこそ、現地語を勉強しなくても済んでしまうこともあります。同報告書は、英国の外交官はゼネラリスト型が多いことを懸念し、中国語をはじめ現地語を話せて地域の専門性の高い外交官を増やすことを提唱しています。
むかし米国の外交官を食事をしたときに「日本の外務省には、特殊言語を学んで地域の専門性が高い外交官が多い」と高く評価していました。日本外務省にはロシア語の佐藤優さんやアフガニスタン語(ダリ語)の高橋博史さんをはじめ特殊言語の専門家で非常に優秀な人がいます。日本の外交官に比較優位がある分野かもしれません。
また英国議会の立派なところは、自分たちの報告書の提言とは異なる意見もきちんと記載している点です。「ASEANまで手を広げすぎるのはやめた方がいい」とか、そもそも「傾斜(tilt)という言葉は、他の地域を軽視して、その代わりにインド太平洋を重視する、と受け取られるので適切ではない」とか、「中国の軍拡とは関わらないほうがいい」とか、率直な批判も記述してあります。こういうところは日本人も見習うべきです。
こうして外国の見方を知ることは、自らの視野の狭さを教えてくれるので有意義だと思います。英国、あるいはヨーロッパから見たインド太平洋地域の地域情勢は、日本人が見ている地域情勢とはちょっと異なります。日本人から見れば当たり前のことが当たり前でないこともよくわかりました。英国の強みと弱みをよく認識したうえで、英国とはうまく連携していく必要があります。