駅頭活動やポスティングでお配りしている国政レポート第50号です。まだお読みでない方はご一読いただければさいわいです。
コロナ後のビジョン:「支えあう社会」と「危機に強い政府」
コロナ危機で明らかになった「小さな政府」の限界
コロナ危機によって歴代の自民党政権が進めてきた「小さな政府」路線の限界が明らかになりました。「小さな政府」のかけ声で公務員削減と行政サービス縮小が進み、コロナ対策の最前線の保健所は1995年度の845カ所から現在469カ所まで減少しました。平時には保健所の職員は「ムダな公務員」に見えたかもしれませんが、有事には不可欠の人員です。「小さな政府」は「小さなセーフティーネット」を意味します。
また、コロナ禍で非正規雇用の派遣切りや雇い止めが増え、飲食店等の倒産も増えています。低賃金でギリギリの生活を送っていた人たちが、コロナ禍でまっさきに解雇され、最低限の衣食住さえままならない状況におかれています。非正規雇用の割合が大幅に増えたのも、新自由主義的な規制緩和の結果です。新自由主義的な経済財政政策や「小さな政府」の時代を終わらせる必要があります。
コロナ後にめざすべきは「支えあう社会」
新自由主義的な自民党政権は、「自助」と「自己責任」を強調し、社会保障費を抑制してきたため、政府による「公助」が弱くなりました。しかし「自助」と「自己責任」ではコロナ危機に対応できませんでした。コロナに感染した人、コロナ禍で失業した人に対して「自助努力が足りない」とか「自己責任だ」とはいえません。
コロナ後の社会を「支えあう社会」に変えていきたいと思います。人は誰でも人生のどこかで弱者になります。幼児期は誰もが弱者です。交通事故にあうかもしれないし、水害や地震で被災するかもしれません。失業するかもしれません。老後は介護が必要になります。誰でもいつかは弱者になります。弱者にやさしい社会は、みんなにやさしい社会です。リスクを個人や家族だけで背負うことなく、みんなで支えあい、安心できる社会をつくります。「支えあう社会」の基礎は、医療、介護、保育、教育、障がい者福祉等のベーシック・サービスです。これらのサービスを提供する“エッセンシャル・ワーカー”の処遇改善とサービスの質の向上をめざします。
これまでの「小さな政府」に代わる「危機に強い政府」
安倍・菅政権のコロナ危機対応は、甘い見通しに立った後手後手の対応や思いつきのような対策(アベノマスク等)が多く、専門家の知見や医療現場の声を適切に反映しているようには見えません。コロナ対応では田村厚労大臣、西村コロナ担当大臣、河野ワクチン担当大臣、加藤官房長官と4人の大臣がいて、指揮命令系統に混乱を招いています。省庁間のタテ割りの弊害もあります。
また危機管理にあたる専従職員も少ないです。内閣官房や内閣府で危機管理や災害対応にあたる職員は200人ほどです。米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)には11,300人の職員がいます。国土交通省(海上保安庁含む)、総務省(消防庁含む)、防衛省、警察庁と総合調整し、全体の方向性を示すには現在の体制では不十分です。「危機管理庁」を設置し、危機(災害や感染症等)対応の司令塔とし、全省庁や自治体との総合調整を行うべきです。「危機管理庁」は、平時には緊急時の対応プランを検討し、自治体職員の研修や防災訓練をサポートする等、さまざまな災害に対応できる即応体制をつくります。
新型コロナウイルスのような新興感染症が、今後も再び流行する可能性があります。さらに地球温暖化により台風や高潮等の被害が激甚化し、災害発生の頻度も増します。ここ数年、福岡県では「五十年に一度の大雨」が毎年のように降っています。明らかに地球温暖化の影響です。大規模水害が頻発するのが「新しい日常」だと覚悟しなくてはいけません。災害時の避難や支援の体制整備、防災教育や防災インフラの強化、そして地球温暖化防止策の拡充が求められます。「小さな政府」路線から脱却し、災害や感染症等の「危機に強い政府」をつくることが政治の優先課題です。