自民党政権の危機管理の失敗シリーズ(3)は、外交上の危機管理です。新型コロナウイルス感染症という内政上の危機管理も失敗でしたが、アフガニスタン対応という外交上の危機管理も失敗でした。
オランダのシグリット・カーフ外務大臣は、アフガニスタンからの退避の混乱をめぐり議会が問責決議を可決し、辞任しました。問責の理由は、政府が一部のアフガニスタン人を退避させられなかったことと、タリバンによる首都制圧の兆候を見逃していたことです。
そうはいってもオランダ政府は自国民とアフガニスタン人協力者を合わせて1500人以上を退避させています。人口1700万人の小国のオランダが、そんなにたくさん自国民をアフガニスタンに送っていたとも思えないので、1500人の大半はアフガニスタン人協力者やその家族だと思われます。それで問責というのは厳しすぎる気がします。
オランダ議会の基準をあてはめると日本の茂木外務大臣は問責決議を受けて辞任しなくてはならないレベルです。ちなみに英国のドミニク・ラープ外務大臣もアフガニスタン対応の責任を問われ降格しています。英国もアフガニスタン人協力者の退避にはある程度成功しています。
当時のアフガニスタン情勢を時系列でふり返ると、7月頃から全土でタリバンの攻勢が続き、8月末の米軍撤退をひかえて情勢は悪化していました。フランス政府は7月の段階でアフガニスタン人職員やその家族の退避オペレーションを開始しています。
私は8月12日に「アフガニスタンの南ベトナム化:悲劇は続く」というブログを書きました。そのなかでアフガニスタン政府の主体の北部同盟の強い地域の主要都市さえタリバンが制圧したのであれば、近いうちにカブール陥落の可能性が高い旨を書きました。
カブール陥落は私の予想よりもさらに早かったです。私には新聞やインターネットのニュース以外の情報源はなく、その私でさえカブール陥落が近いことを予想できました。当然ですが、外務省および現地大使館もカブール陥落が近いことを予想していたことでしょう。
アフガニスタン第二の都市のカンダハル等が8月13日にタリバンに制圧され、タリバンがカブールに迫っていることは明らかでした。そして8月15日にカブール陥落となりました。
現地の日本大使館員(日本人)は8月17日にアフガニスタンから退避しています。このとき日本大使館のアフガニスタン人現地職員は置き去りにされたわけです。
私は8月17日に「日本政府はアフガニスタンのJICA現地スタッフを見捨てるな!」というブログを書きました。JICAの元関係者が現地スタッフを退避させてほしいという署名運動を始めていたので、外務省関係者はアフガニスタン人現地職員の退避の必要性を認識していたと思います。
しかし、その後の政府の対応は遅かったです。肝心の茂木敏充外務大臣は8月15日から8月24日まで海外出張に出かけていました。エジプト、パレスチナ自治区、イスラエル、ヨルダン、トルコ、イランとやや長めの出張でした。
8月23日に国家安全保障会議(4大臣会議)で自衛隊機3機の派遣を決定しました。このとき茂木外相は海外出張中なので、おそらくこの会議に出席してないでしょう。ひょっとするとリモート参加していたのかもしれませんが、通信を外国情報機関に傍受される危険性を考えるとリモート参加の可能性は低いと思います(詳細は存じません)。
国家安全保障会議で自衛隊の輸送機3機と空自と陸自の自衛隊員約260人をアフガニスタンに派遣することが決まりました。8月24日に第一陣がパキスタンに到着して、25日にカブール空港に到着しています。
しかし、その後の結果はご承知の通りです。日本大使館やJICAに協力してくれたアフガニスタン人現地職員ら500人を助け出す予定でしたが、残念ながら失敗に終わりました。国家の威信のかかった救出オペレーションでしたが、空ぶりに終わりました。
日本政府のために働いたことを理由にタリバンから弾圧されるアフガニスタン人が現地に多数残っています。日本政府は今後もアフガニスタン人現地職員の避難オペレーションは続けていかなければなりません。
さらにこの失敗で日本の外交力や危機管理能力、インテリジェンス能力の弱さを世界に印象付けることになりました。日本の国家としてのソフトパワーを損うことになったと思います。
アフガニスタンの退避オペレーションは国家的な危機管理です。「有事モード」に切り替えなければならないタイミングだったのに、「平時モード」で予定通り海外出張に出かけてしまった茂木外務大臣は、危機意識が低すぎました。
この時期にどうしてもエジプトやイスラエルやトルコに行かなくてはならない理由があったのでしょうか。かなり疑問です。うがった見方をすれば、もうすぐ菅政権も終わるので「外務大臣としての卒業旅行」的な出張だった可能性もあります(真相は知りません)。さすがに「卒業旅行」ではないと思いますが、この時期に行かなければならない理由があったのであれば、ぜひ知りたいものです。
アフガニスタンが危機的な状況にあることは各国政府も認識しています。日本の外務大臣が「いまアフガニスタン情勢が緊迫していて自国民や自国の協力者の避難オペレーションがあるので、会談を延期させてほしい」と要請すれば、どの国も理解してくれたと思います。
皮肉なことに茂木外相が出張に出かけたその日にカブールが陥落しています。「日本政府のインテリジェンス能力は大丈夫か?」と心配になります。出張を途中で切り上げてもよかったと思います。
茂木外相は「海外出張に出かけていたことがアフガニスタン情勢への対応に影響がなかったか」と記者会見で問われ、“逆切れ”気味にこう答えています。
何時代のことをいってるんですか? 明治時代ですか? Wi-Fi通じないんですか? 飛行機の中でも通じますよ。毎日連絡とっていました。
この認識はどうかと思います。Wi-Fiさえ通じれば、危機管理の司令塔の外務大臣は世界中のどこにいてもよいとは思いません。外遊中であれば、相手国の首脳との会談などもあり、アフガニスタンの危機対応にかかりっ切りというわけにはいきません。危機対応に専念はできないことはやはりデメリットです。
外務本省と在外公館との通信回線はいちおう暗号化されてはいるでしょうが、外国情報機関が傍受している可能性があります。新聞情報やCNN、アルジャジーラ等の公開情報ならWi-Fiでアクセスすればよいでしょうが、機微に触れるインテリジェンスはWi-Fiからアクセスしていいのかわかりません(たぶんダメでしょう)。
国家安全保障会議にしても、防衛大臣等との調整にしても、外務大臣ご本人がいた方がよいのは間違いないと思います。省内の調整も外務本省にいた方がスムーズでしょう。それとも外務大臣はいてもいなくても大差ない存在なのでしょうか。
茂木外相が「地球上のどこにいてもWi-Fiがあれば、危機管理上の指揮命令はできる」とお考えなら、ちょっと違うような気がします。それこそ危機意識の欠如です。
今回のアフガニスタン危機対応の失敗は、菅総理と茂木外相の感度の鈍さが最大の要因だと思います。おそらく外務省内の専門家たちはそれなりに早い時期に情報を上げ意見具申していたと思います(そう信じたいと思います)。
外務省には地域のスペシャリストや優秀なインテリジェンス要員もいます。かつては在アフガニスタン日本大使館に西側諸国でもっとも現地事情に通じて現地有力者にコネクションのあったTさんという伝説の外交官がいました。そういう人の後輩外交官が、いまも外務省にはいるはずです。
問題は政治指導者の判断だと思います。国内のコロナ危機対応が忙しかったのはわかります。あるいは、自民党総裁選と衆院選挙のことで頭がいっぱいだったのかもしれません。
しかし、総理大臣は内政にも外政にも目を配り、国民の生命と財産、そして国家の威信を守らなくてはなりません。アフガニスタン情勢の重要性に気づかず、避難オペレーションの初動が遅れたのは、政治の責任です。
おそらくフランス政府並みに早い時期に対策をとっていれば、自衛隊機を派遣するまでもなく、民間機をチャーターして日本政府関係者や現地職員とその家族を避難させることもできたと思います。早い時期に危機に気づき、早めに動いていれば、避難オペレーションを成功させられたことでしょう。
【長くなったので次回に続く】