職業柄、外国の主要政党の選挙公約に興味があります。イギリスの労働党の選挙公約などは100ページほどの大部ですが、プリントアウトしてマーカーで線を引きながら丁寧に読みます。バイデン候補の論文なども最近読みました。ドイツ、フランス、イタリア、韓国、台湾などの国の政党組織や公約も勉強したことがあります。
最近読んだドイツの極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」の公約には驚きあきれ、「この政党の公約の逆をいえば、だいたい正しい」という感触を持ちました。ナチスドイツの悲劇をへたドイツでこういう極右ポピュリスト政党が伸長しているのは本当に危険です。日本もそうならないようにと心しながらご紹介させていただきます。
スイスを手本にした全国規模の国民投票の導入
ヒトラーは国民投票を多用して独裁政治を強化しましたが、その反省に立ってドイツでは国民投票が禁止されています。
国民投票を表す言葉としては、中立的な「レファレンダム」と、否定的な意味合いを持つ「プレビシット(plebiscite)」の2種類があります。ナポレオンなどの独裁者が人気投票的に行った国民投票を「プレビシット」と呼びます。
直接民主主義が独裁政権を生み出してきた過去の反省に立ち、ドイツが国民投票を禁じたのは見識だと思います。インターネット上のフェークニュース全盛の現在、国民投票を行うと「レファレンダム」というより「プレビシット」になる可能性が高いです。英国のEU離脱の国民投票は「プレビシット」になってしまったと思います。
「プレビシット」を避け、「レファレンダム」にするためには、賛否両論の意見を十分に検討する時間的余裕と、感情論や印象論ではなくデータやファクトに基づく健全な政策論が戦わされる場が必要です。国民投票はよほど慎重に実施しないと危険であることを日本人は認識した方がよいと思います。
ドイツをユーロ圏から離脱させる。
ドイツ経済の実力に比較してユーロは安いので、ドイツ企業の輸出は容易になっています。ユーロのおかげでドイツは得しています。ユーロ圏からの離脱は、おそらくドイツの国益を考えれば愚策です。
歴史教育の見直し。ナチス時代だけを強調せず、ドイツの美点も教える。
極右勢力の主張はどこも同じで、歴史修正主義的です。いまのドイツが世界で信頼されているのは、過去の歴史を反省して謝罪してきたからです。ナチス時代の過去を美化すれば、国際社会で孤立するのは目に見えています。愚かです。
多文化主義よりもドイツの「指導的文化」を重視する。
ここで言う「指導的文化」というのは、「ドイツが世界を指導する」というナチスや帝政時代のドイツのスローガンです。ナチス時代の反省がまったくありません。
徴兵制の復活
世界のトレンドとしては、徴兵制では兵士の専門性が維持できないので、志願兵制へ移行する国が多いです。ドイツが徴兵制を止めたのは最近のことです。軍事的な観点というより、単にマッチョなカルチャーを強化するための徴兵制をイメージしているのでしょう。
脱原子力政策の見直し。原子炉稼働年数を延長する。
意味不明ですが、単にメルケル首相の政策を否定したいだけだと思います。
再生可能エネルギーの助成制度を廃止する。
意味不明。ドイツで勢力を増している緑の党へのアンチかもしれません。
公共放送局の数を減らし、受信料制度を見直す。
日本にもそういう政党がありますね。ドイツの主流メディアは、過去の反省に立って、極右勢力の主張をほとんど報道しません。その代わりにAfDは、インターネット(SNS)でフェイクニュースやヘイトを垂れ流しています。既存メディアを「マスゴミ」などと罵倒する日本のネトウヨと近いメンタリティなのだと思います。
地球温暖化防止のためのパリ協定からの離脱
トランプ大統領はじめ世界のポピュリスト政治家は、科学的知見を否定し、似たような主張をするものです。
ポピュリスト政治家というのは、反知性主義的でシンプルな主張を振りかざし、知的エリートや政治的エスタブリッシュメントを全否定し、「自分たちは庶民の味方で、エリートやエスタブリッシュメントは庶民のことを何も考えてない」と情緒的に訴え、支持を広げようとします。
ポピュリスト政治家には、既存の秩序や体制を壊すことはできても、創ることや維持することはできません。ドイツほど洗練された政治制度や強い経済を持つ国でも、ポピュリズム勢力が拡大しています。日本で同じことが起きない保証は何もありません。ドイツのAfDのような政党や政治勢力の動きはよく見ておく必要があります。
*参考文献:熊谷徹、2020年「欧州分裂クライシス」NHK出版