世界的な新型コロナウイルス感染拡大を受けて4月25日付読売新聞(朝刊)に駐日中国大使の孔鉉祐氏が「助け合って難局を乗り切ろう」という文章を寄稿しました。
一読して「悪気はないんだろうけれど、パブリック・ディプロマシーの失敗例だな」と思いました。中国の好感度を上げる意図で寄稿したのでしょうが、むしろ多くの日本人読者に悪印象を残したと思います。
パブリック・ディプロマシーの専門家でもある外交官の北野充氏は、「パブリック・ディプロマシー」を次のように定義します(金子将史、北野充編、2007年 「パブリック・ディプロマシー」PHP研究所)。
自国の対外的な利益と目的の達成に資するべく、自国のプレゼンスを高め、イメージを向上させ、自国についての理解を深めるよう、海外の個人及び組織と関係を構築し、対話を持ち、情報を発信し、交流するなどの形で関わる活動
おそらく中国外交部もパブリック・ディプロマシーの観点から「自国のプレゼンスを高め、イメージを向上させ」るために発信したのでしょうが、その意図とは逆にイメージダウンにつながっていると思います。
まず、孔大使の寄稿文には謝罪がありません。日本人はすぐ謝る傾向があります(それが美徳とされる傾向もあります)。当然ながら相手にも同じことを求めます。
新型コロナウイルスが中国の武漢発ということは、誰でも知っています。おそらく日本人的感覚であれば、冒頭に「中国発の新型コロナウイルスが世界中に広がり、たいへん申し訳ない」という一文が来ます。しかし、孔大使の寄稿文は次のように始まります。
いま、新型コロナウイルス感染が全世界に蔓延している。地域、人種、国を問わず人々の命と健康を脅かし、人類に未曽有の深刻な挑戦を与えつつある。
まったく人ごとです。中国から感染が広がった新型コロナウイルスであるにも関わらず、天から降って来た自然災害であるかのような書きぶりです。そして次のように続きます。
中国は感染「第一波」の攻撃に持ちこたえた。当初から「国内での拡散を防ぎ、外部への流出を防ぐ」ことを最重要任務とし、各地で隔離ひいては「都市封鎖」を実施するなど、感染連鎖の断ち切りに全力をあげた。世界各国が感染に立ち向かうための貴重な時間を稼ぎ、また有益な経験を提供したと言える。
世界に感染を広げてしまった反省がまったくありません。「外部への流出を防ぐ」のに失敗したから、世界中に感染が広がっているわけです。その流出源としての責任に言及していません。
むしろ「世界各国が感染に立ちむかうための貴重な時間を稼ぎ、また有益な経験を提供したと言える」と自画自賛です。謙虚さを美徳とする日本人には、とても受け入れられない表現だと思います。
感染が勃発すると、中国政府はオープン・透明、責任ある態度で、いち早く情報を公表し、進んで世界保健機関(WHO)や関係諸国と予防・抑制と治療の経験を共有した。
中国政府が「オープン・透明、責任ある態度で、いち早く情報を公表」したかどうかは意見が分かれるところでしょう。自国の主張を喧伝するだけでは、あまり説得力はありません。その後は、中国政府の国際協力の事例を紹介し、世界各国で協力しましょう、という趣旨の文章が続きます。
中国大使の寄稿文を取り上げたのは、中国を批判したいからではありません。パブリック・ディプロマシーの失敗の具体例としてわかりやすいから紹介しました。気の毒なくらい下手なパブリック・ディプロマシーの例です。
おそらく失敗の背景には、「自国の主張を宣伝すれば、相手国の国民が理解するだろう」という楽観的な思い込みがあるのでしょう。あるいは、北京の外交部本部の指示で寄稿しただけなのかもしれません。中国の国内向けプロパガンダをそのまま直訳したような文体が、日本人に違和感を覚えさせます。
相手国の国民性や文化的特性を無視して、自国の文化的スタンダードにあわせた文章になっている点も明らかです。日本語表現に2か所ほど「誤り」とは言えないまでも、ちょっとこなれていない表現もありました。おそらく日本語が母語でない人が書いた文章だと思います。細かいですが、そういった点も相手国への配慮が足りない点です。
さて、ふり返って日本の外務省のパブリック・ディプロマシーはどうでしょうか。領土問題にしても、いわゆる「従軍慰安婦問題」にしても、自国の主張を喧伝するだけのプロパガンダに過ぎず、あまり効果をあげているようには見えません。特に慰安婦問題に関しては、学者に圧力をかけるなど、外務省の自殺点のような失敗もありました。
単に自民党議員から指示されたとおりに、日本語で書いた日本側の主張を、英語やフランス語、中国語等の外国語に直訳して、ホームページに掲載しているだけではないかと思います。自己満足にすぎないプロパガンダでは、日本のイメージの向上にはつながりません。その点を理解していない政治家や外交官が多すぎるように思います。人の振り見て我が振り直せ。中国大使と同じ過ちを日本外務省が犯さないことを切に願います。