大学入試共通テストの記述式問題の問題点

大学入試共通テストの国語と数学の記述式問題の導入は、臨時国会でも議論になりました。多くの教育関係者や高校生、野党からの批判に加え、公明党からも批判があり、文部科学省は記述問題の導入を見送る方針にしたようです。

私は、記述式問題の価値を全否定するつもりもなく、思考力や文章力を測るにはよい試験方法だと思います。しかし、記述式問題の公平な採点は難しく、採点者に高い能力が要求されます。きちんと採点できる人を十分確保できることが、記述式問題の導入の条件だと思います。

大学入試共通テストでは、約50万人もの受験者の答案を採点することになります。当初計画では8千人から1万人の採点者を民間委託で集める方針だったそうです。しかし、一時期に大勢の採点者を確保するのは容易ではありません。かといってにわか仕込みのアルバイトの大学生に採点できるものでもありません。能力の高い採点者を確保しないと公平な入試になりません。

私も北海道大学の公共政策大学院で1学期だけ非常勤講師をさせていただいたときに、成績をつけるためにレポートの採点をしたことがあります。15人ほどの学生を対象にしたクラスで、答案を書いた学生の顔が目にうかび、厳しい点数をつけるのが本当に嫌でした。しかし、大学側の方針で「Aは〇〇%以内、Bは△△%以内、Cは✕✕%」といった基準があり、みんなにAをつけることは許されません。悩みながら採点した記憶があります。

少なくとも自分が教えた科目の内容はよくわかっているので、ある程度の自信をもって採点できました。しかし、専門外のアルバイトの大学生などが、受験生の答案を採点するとなると、いい加減な採点になりそうな気がします。いい加減な採点で受験生の一生が左右されるのは問題です。やはり内容をよく理解している大学教員や専門家が採点した方がよいと思います。

それぞれの大学が二次試験で記述式問題を導入し、その大学の先生が採点するのであれば、信頼度は高いと思います。二次試験での記述式問題の実施は、基本的に問題ないと思います。しかし、全国共通テストで50万人もの受験生が一斉に記述式試験を受け、アルバイトを含む1万人近い採点者が採点したら、採点の質にバラツキが出ると思います。「採点者の採点」が必要になるでしょう。

共通テストの記述式問題の導入はやめるのが正解だと思います。こんなデタラメな教育改革をやっていたら、教育現場は「改革疲れ」や「改革過剰」で疲弊し、子どもたちは振り回されるだけです。財界の要請で小学校に英語教育を導入したり、教育産業のニーズに合わせて大学入試改革を進めたり、安倍政権の「教育再生」はとんでもない「改革」ばかりです。変えなくてよいものまで変えようとして、しかも誤った方向へ変えようとしているのが「教育再生」ではないかと思います。

現場の教員や大学の自治を信頼し、現場の判断や専門家の自治を重視した地道な改善こそが教育政策では求められていると思います。インパクト重視、かつ、現場無視の教育改革はやめにして、現場主導で良いものをさらに良くしていく改善へとシフトした方がよいと思います。

佐藤郁哉教授(同志社大学)は「大学改革の迷走」(ちくま新書、2019年)のなかで次のように述べます。

政府や文科省をはじめとする府省による改革の努力や試みにも関わらず日本の大学が危機に瀕しているのではなく、むしろ改革のために(せいで)より深刻な危機を迎えることになってしまった、と考えられる点が少なくない

大学入試共通テストの記述式問題も、大学入試の英語業者テスト導入の問題も、どちらも「改革のせいで」問題が起きている例です。安倍政権下の文部科学省は、愚かな改革に貴重な税金と労力と時間をさくのはやめるべきです。心ある文科官僚は困っていると思います。過剰で有害な「教育改革」を止めるには、安倍政権を止めなくてはいけません。