イギリス労働党マニフェスト2019を読んで

いまイギリスでは総選挙が行われているので、労働党の2019年マニフェストを読んでみました。現地ではマニフェストが本になったものが、たぶん700~1000円くらいで本屋で売っていると思います。2017年の労働マニフェストはネットで購入して手元にあるのですが、2019年のマニフェストは労働党ホームページからダウンロードして印刷して読みました。今回の労働マニフェストは105ページです。前回の総選挙のものは124ページでした。全部読み通すにはちょっと時間がかかります。

労働党マニフェスト2019の表紙のキャッチコピーは翻訳すると「今こそ本物の変化のとき」というものでした。原語は「IT’S TIME FOR REAL CHANGE」です。前回マニフェストの「一部の人のためではなく、多くの人のために(FOR THE MANY,  NOT THE FEW)」の方が良かったと個人的には思います。

選挙公約の一番の柱は「緑の産業革命(Green Industrial Revolution)」です。労働党は今回の総選挙を「気候選挙(the climate election)」でもあると述べ、気候変動対策をトップに持ってきました。「気候の危機(climate emergency)」と呼び、再生可能エネルギーの普及、鉄道や電気自動車への投資、住宅のエネルギー効率改善を重視します。とても好感が持てます。立憲民主党もみならうべきだと思います。

おもしろいのは産業革命の起きたイギリスの労働党は「緑の産業革命」と呼び、ニューディール政策で黄金時代を築いたアメリカの民主党は「緑のニューディール」と呼びます。日本はどっちも関係ないですが、日本の場合は「緑の産業革命」がよい気がします。“アンチビジネス”ではない気候変動対策を訴えるのがよいと思います。

労働党は「緑の産業革命」で「100万人の質の高い雇用を創出する」と訴えます。イギリスの人口が日本の約半分であることを考えると野心的な数字です。具体的に「100万人の雇用」と書いた方がイメージがわきやすいのでよいと思いました。また、「7,000の洋上風力発電施設」「2,000の風力発電施設」「フットボール場22,000個分のソーラーパネル」とか具体的な数値が並びます。わが党の選挙公約でも同じように数字を入れた公約を増やしたらよいと思いました。「福岡ドーム50,000個分のソーラーパネル」でいいと思います。

2つめの政策の柱は公共サービスの再建です。サッチャー改革以来の「小さな政府」をめざした新自由主義的な「行政改革」が公共サービスの質の低下をまねいてきたとして、医療や教育などの公共サービスの再建を訴えます。

再分配政策の強化は労働党のお家芸ですが、ブレア時代の労働党路線とは真逆です。保守党が大幅に下げた法人税を2010年のレベルまで戻し、8万ポンド以上の所得のある人の所得税を増税し、資産課税を強化して、財源を確保すると訴えます。きちんと財源論から入る点が好感が持てます。医療や介護、子育てや教育を強化するには財源が必要です。財源論から逃げず、最初の方に持ってくるところはよいと思います。

労働党のマニフェストに特徴的なところは、「43,000人の看護師が不足している」とか、「保守党は消防士を11,500人削減した」とか、これまでの保守党政権の政策を具体的に検証した上で、労働党の提案を述べる点です。わが党の選挙公約でもみならうべきだと思いました。

教育に関して「ホロコーストや黒人の歴史を教えるカリキュラムの再編」といったリベラルな公約がある一方で、「警察官の増員」や「テロ対策のための警察と内務省保安局(Security Service:俗称MI5)との連携強化」のように「保守党か?」と思うような公約もあります。アメリカの民主党もイギリスの労働党も、日本のスタンダードでいえば軍事や治安に関しては右派的なところもあります。

その他に「リベンジポルノ規制」とか、「ヘイトクライム対策」とか、「手話法の採択」といった公約もあり、日本と似たような社会的課題に取り組んでいることもわかります。

みならう必要はないですが、保守党への罵詈雑言がすごいところもあります。たとえば、「保守党の残酷さや心のなさ(The cruelty and heartlessness of the Tories)」といった表現は、日本では品がないので受け入れられないことでしょう。ここまでいくと「保守党へのヘイトスピーチでは?」と思ってしまいます。選挙戦は紳士的に戦いたいものです。さもないと政治的な分断が深まってしまいます。フェアな政策論争を中心にした方がよいと思います。

全般的には労働党マニフェストには好感が持てます。特に「緑の産業革命」は魅力的です。「小さな政府」を志向する行政改革が公共サービスの質を低下させたことを考えれば、政府の規模をある程度はもとに戻していく時期だと思います。所得の再分配機能の強化も必要だと思います。労働党にはがんばってほしいと思います。労働党マニフェストをよく分析し、選挙結果をよく見た上で、立憲民主党の衆院選公約づくりにいかしたいと思います。