行動経済学は意外と役に立つ:ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授(認知心理学)の「ファスト&スロー」を読み終え、「行動経済学は世の中でもっとも役に立つ学問のひとつである」と確信しました。とてもおもしろい本です。

ダニエル・カーネマン氏は認知心理学者ですが、その理論を経済学に応用し、行動経済学者としても有名になり、ノーベル経済学賞を受賞しました。行動経済学の分野を切り開いた学者です。

経済学は基本的に「人間が合理的に判断する」という前提に立ちます。完全に合理的な「経済人」が意思決定を行うと仮定します。しかし、現実の世界はそうではなく、非合理的な意思決定だらけです。

ダニエル・カーネマン氏は、一般に「人間の選択が不合理であることを示した」と評されます。いかに我われが日常生活において非合理的な選択をしているかを実証的・定量的に証明しました。

たとえば、「手術から1年後の生存率は90%」と言うのと、「手術から1年後の死亡率は10%」と言うのは、まったく同じことです。しかし、多くの人は前者を肯定的に受け取り、意思決定に大きな影響を与えます。そういった非合理的な意思決定を実証してきたのが、認知心理学と行動経済学です。

この本を読めば、「収入が増えれば増えるほど幸福度が増すわけではない」とか、「プロの投資家の予測がほとんどあてにならない」とか、「新車を買ったよろこびや家を新築したよろこびもわずか数か月で消えさる」とか、興味深い事実を理解できるようになります。より良い人生を送るためにも役立つ本です。

それだけではありません。完全に合理的な「経済人」を前提とした市場万能主義が、なぜ機能しないのかもわかります。市場が合理的でないとすれば、「何でも市場にまかせておけば、効率的である」という理屈がおかしいとすぐ気づきます。行動経済学的な観点に立てば、新自由主義的な行政改革が万能ではないことが容易に理解できます。

ちなみに、この本で私のいちばんのお気に入りは「ピーク・エンドの法則」です。たとえば、旅行の記憶は、いちばん楽しかったこと(ピーク)と旅行の最後(エンド)以外はあまり記憶に残らないという法則です。1週間の旅行でも、2か月の長期滞在型の旅行でも、何年かたってふり返ったときの記憶の総量は、ほとんど変わらないそうです。ピークとエンドくらいしか思い出に残らないそうです。

自分自身の経験をふり返っても「ピーク・エンドの原則」は、“なるほど”と思います。大学生時代の記憶をふり返ると、3年間を過ごした東京三鷹市のICUの学生生活と、1年間を過ごしただけのフィリピン交換留学中の学生生活では、「思い出の総量」は同じくらいです。20年近くたつと、1年間赴任したインドネシアの思い出の総量と、1月半しか滞在しなかった東チモールの思い出の総量が、ほとんど変わりません。

この法則を実生活に応用すると、子どもたちを連れて家族旅行するなら、贅沢して1週間のハワイ旅行をするよりも、1泊か2泊のドライブ旅行や温泉旅行を3回する方がいいのだと思います。その方が安上がりで、子どもたちの思い出づくりに役立つのかもしれません。これから理論を実践しなくては。

*参考文献:ダニエル・カーネマン、2012年、「ファスト&スロー」、早川書房