先日、国会内で開かれたUNICEF議員連盟とUNICEF東京事務所の共催の「ロヒンギャ危機:ミャンマーとバングラデシュの最前線から」という勉強会に参加しました。ロヒンギャ問題には前から関心があったので参加したのですが、思いがけず「あこがれの人」に再会できました。
*ご参考:2017年2月28日付ブログ「ロヒンギャ問題と日本」
私のあこがれの人とは、UNICEFバングラデシュ事務所の穂積智夫所長です。以前に2度お会いしたことがあったと思います。1度目はJICA職員時代に勉強会か何かでお会いした記憶があります。2度目はどこかのNGOの会合でお会いしたと思います。
穂積さんは、ロバート・チェンバースという英国の住民参加型開発の専門家の「第三世界の農村開発」という本を奥さまと一緒に翻訳されました。1990年代に発展途上国の開発や貧困に関心のあった若者はみんなこの本を読んでいると思います。当時の開発援助業界では、この本を読んでないと恥ずかしいという雰囲気でした。インドネシアで一緒に働いていた現地NGOスタッフも読んでいたので、世界的な流行だったと思います。今なら「市民参加型」とでも言うのかもしれませんが、当時は「住民参加型開発」という用語が定着していました。
ロバート・チェンバースの本は原書で読んだものもありますが、最初に読んだのはこの翻訳の「第三世界の農村開発」でした。その本を翻訳した人であり、かつ、UNICEFの職員ということで、会ったこともない頃から穂積さんを尊敬していました。奥さまの甲斐田万智子さんは子どもの権利を守る活動に携わり、やはりUNICEFの関係の仕事をされていました。甲斐田さんにもNGOの会合でお会いした記憶があります。夫婦そろって「かっこいいなぁ」とあこがれていました。
穂積さんは、長年にわたりUNICEFに勤務され、ネパール、タイ、インド等に赴任されたあとに、現在はUNICEFバングラデシュ事務所長として、バングラデシュでミャンマーから逃れたロヒンギャ難民に対する支援活動に携わっています。
20歳代のころの私があこがれていた人生をぶれずに歩まれています。穂積さんみたいな現場の「開発フィールドワーカー」になるのが、若いころの私の夢でした。そのために大学院で発展途上国の教育や開発を勉強しましたが、紆余曲折を経て穂積さんのような人生とはほど遠い人生を歩んでいます。
穂積さんがUNICEFバングラデシュ事務所にいらっしゃるのは、国会の勉強会に参加するまで知りませんでした。たまたま16~17年ぶり(?)にお会いすることができて、本当にうれしかったです。難民の子どもたちのために現場で働いている姿を見て、「やっぱりかっこいいなぁ」とあらためて思いました。
私の方はあこがれていた現場の「フィールドワーカー」にはなれませんでしたが、政治や政策を通じて国際社会の平和や発展のためにがんばりたいと思います。政策には「流れ」があります。上流(政策形成の段階)から下流(政策実施の現場)までいろんな立場の人が関わって、ひとつの政策が実現します。
現場のフィールドワーカーの役割も大切ですが、上流の政策形成(政策立案や政策決定)も大切です。穂積さんのような現場のフィールドワーカーの皆さんが後顧の憂いなく働けるように、十分な予算を確保し、政策的なサポートをするのも、政治の役割です。最前線で働く穂積さんが仕事をスムーズに進められるように、そして難民の子どもたちが飢えや恐怖から逃れ、安心して暮らせるられるように、UNICEFやJICA、NGOの活動を応援し続けたいと思います。