知識量と意見の強さの反比例

最近出たトム・ニコルズ著「専門知は、もういらないのか」という本に次のような興味深い記述がありました。

2014年ワシントンポスト紙は、ロシアがウクライナに侵攻したことを受け、合衆国が軍事介入するべきか、アメリカ人を対象に世論調査を行った。アメリカとロシアは冷戦時代の敵国どうしで、どちらも大量の長距離核兵器を保有している。ヨーロッパの中央、ロシアと国境を接するウクライナでの軍事衝突は、第三次世界大戦を勃発させ、大惨事を引き起こすリスクをともなう。それなのに、ウクライナの場所を地図上で正しく示すことができたのは、6人に1人 ― 大卒の人間では4人に1人未満 ― しかいなかった。ウクライナはヨーロッパ最大の国だが、回答者の中央値を取っても、3000キロ近くはずれていた。

地図テストではずれるのはよくある。それより気になるのは、そうした知識の欠如にもかかわらず、回答者がこの問題についてかなり強硬な意見を述べていることだ。じつはそれは控え目な表現で、回答者はたんに強硬な意見を述べていただけではなく、ウクライナについての知識の欠如と正比例するかたちで、同国への軍事介入を支持する割合が高くなった。言い換えれば、ウクライナが南アメリカやオーストラリアにあると思っている人々が、軍事力の行使にもっとも積極的だった。

ロシア人から見ればウクライナはロシアと歴史的に一体不可分です。ロシアの裏庭のウクライナへの米国の軍事介入はかなりリスクの高い試みです。旧ソ連がハンガリーに軍事介入しても米国は無視しましたが、旧ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込むと米国は激怒して戦争の一歩手前まで行きました。米国もロシアも自国の近くへの介入には危機感を抱いて当然です。

地理的な関係を無視して、安全保障を議論するのはナンセンスです。ウクライナが南アメリカにあると思っている人の意見は役に立ちません(むしろ有害です)。しかし、地理的な知識がない人ほど軍事的に強硬な意見を言うというのが、この調査結果の恐ろしいところです。

上述の引用文を読んで、アメリカ人をバカにできる日本人はいるでしょうか。日本でも同じような現象が起きているのではないでしょうか。韓国のことや北東アジアの安全保障環境のことをあまり知らない人が、韓国に対して強硬な意見を持っているのではないでしょうか。

最近だと「GSOMIA: General Security of Military Information Agreement」なんて言葉を今まで聞いたこともなかった人が、「韓国側が一方的にGSOMIAを破棄したのはけしからん」と怒っているのではないでしょうか。

世論調査で外交問題を問うのは危険だと思いました。安倍政権が韓国に対して強硬な態度を取り、文政権が日本に対して強硬な発言を取ると、安倍内閣の支持率が上がります。それを狙って安倍政権は強硬な態度をとっているのではないかと邪推してしまいます。

韓国人の親日派は、河野外相が韓国に厳しい発言をするたびに、立場が悪くなります。長い目で見れば、親日派を弱体化させる結果になります。日韓双方が厳しい言葉の応酬をくり返すのではなく、冷静におだやかに交渉するべきです。

日本の自衛隊も中国、ロシア、北朝鮮に加えて、韓国まで仮想敵国に加えるのはしんどいはずです。日清戦争、日露戦争ともに、敵対的な大国が朝鮮半島を支配すると日本の安全保障が危ういという問題意識から起きた戦争だと思います。

北朝鮮や韓国が日本に敵対的にならないようにすること、さらに将来の統一コリアが日本に敵対的にならないようにすることは、日本の長期的な国家戦略の根幹にかかわります。朝鮮半島の「親日化」は、日本外交の優先課題であり、安全保障上も死活的に重要です。

韓国軍を敵にしない方法を真剣に考えなくてはいけません。韓国を敵視していたら、そのうち本当に敵になってしまいます。日朝関係の改善も大切ですが、日韓関係の悪化を防ぐのは、それ以上に喫緊の課題です。冷静な対応が望まれます。

*参考文献:トム・ニコルズ 2019年 『専門知は、もういらなのか』 みすず書房